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自転車のある風景 第18 - 1 話 ハンガーノック

 コンクリートの上で雨粒が跳ねる。
「あ、この雨。私、知ってる」
 頬杖をつきながら窓の外をずっと見ていた綾が目を見開く。
「雨がどうかしました?」
 ハンバーガーとポテトフライとドリンクでてんこ盛りになったトレイを持った章吉が立っていた。
「章吉さんと再会したときも同じくらい降ってた」
「そうか、雨でしたね。こんなに降ってましたっけ?」
「あのときは私の気持ちもこの雨粒と同じくらいに跳ね上がってました」
 目の前にいる章吉を見て、綾が思い出し笑いをする。
「面白いことでも思い出したような顔してますが、なにか?」
「あ、すみません。はい、あの頃の私を思い出してました。またたくさん買ってきましたね」
 章吉はトレイをテーブルに置いた。
「綾さんがハンバーガーを2つ、ポテトもオニオンリングフライも注文するからこんな状態になりました」
「お腹が空いてまして。章吉さんは宣言通り、3つですね。足りますか?」
「胃も消化は大変でしょうから、これくらいで勘弁してやります。と言うか、綾さん、他になにか食べたいものが頭に浮かんでませんでしたか?」
「今更、そんなことを言われても」
「確かに。すみません」
 そう言って章吉はやっと席に着いた。
「さて、いただきます」
 背筋を伸ばして軽く手を合わした綾が前を見ると、章吉も手を合わせていた。綾はそんな章吉に対して、なんとなく同じ感性を感じてホッとする気持ちが芽生え始めている自分に気がついた。綾が初めてこんなにほのぼのとした顔つきをしていることには気がつかない章吉は、包装紙を無造作に半分剥がして大きな口を開けて食いつく。綾はコーヒーを一口飲んでハンバーガーを手に持った。
「ハンガーノックって知ってますか?」
 いきなり章吉が綾に尋ねた。
「ハンガーノック? いえ初めて聞きますが、どういう意味ですか?」
「ハングリーになり過ぎてノックダウンするってことです。定義は極度の低血糖状態となり身体が動かなくなる状態の事。自転車で長い距離を走ると想像以上にカロリーを消費してて、手のしびれがサイン、頭がぼーっとし始めたらもう、身体がうまく動かせなかくなるんです」
「へぇ」
 綾も豪快にハンバーガーに食いついた。
「体重50kgの人が時速約20kmで4時間ほど走ったら、消費カロリーは約1,680kcal。これ1つのカロリーが約500kcalくらいかな」
 章吉はそう言いながらハンバーガーをおいしそうにバクバクと食べる
「でも、そうなる前にエネルギー補給をすればいいだけでは?」
「僕は経験したことはないんですが、どうやら、もうちょっと、もうちょっとって走り続けてしまうらしいですよ」
「熱中症みたいなものなのかな。休みながら走ればいいってことですね」
 綾には、そこまで無理をして走る意味がわからない
「もしくは栄養補給をしながら走るとかね」
「レース中の話だとしたら理解できますけれど」
「まぁ、そういう事態にもなり得るってことで」
 章吉はポテトを3本ほどつまんでから2つ目のハンバーガーに手をかけた。
「私には関係なさそう」
 オニオンリングフライを食べながら綾は心からそう思った。

・・・次回09月10日・・・




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