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自転車のある風景 第 17-2 話 雨だけど自転車に乗る方法

 空は重たい鉛色。ビルの間を抜けて、更に湿度を高めた風が足元を吹き抜けていく。
「雨の臭いがしますよね、綾さん」
「はい。空気に含まれる水分の臭いだと思っています。だから、山と田舎と都会では雨の臭いも違いがあるんですよ」
「ほぉ」
「祖父は遠くで鉄橋を渡る汽車の音が普段よりもよく聞こえたら、もうすぐ雨が降るぞって言ってました」
「へぇ」
「空気に含まれる水分量の作用でしょうね」
「なるほどね。明日明後日の天気は気象庁に任せるとして、森羅万象、ちゃんと理由や理屈を知って五感を働かせれば近々の天気はわかるかも」
 あまりにも章吉が感心するから、綾はちょっと恥ずかしくなってきた。
「すみません」
「え?なにを謝ってるの?」
「いえ、ちょっと言い過ぎた気がして」
「そういう感性の話題は大好きですよ。精神世界の話も大好きですよ。でもこれは相手を見てから話をしないとね。綾さんはどう?」
 ソウルメイト程度の話は嫌いじゃないけれど、今はまだ遠慮したいなぁと章吉の顔を見上げた綾のおでこに雨粒が落ちた。
「あ、雨だ」
 綾の目の前を傘をさして走る自転車が通り過ぎた。
「中学高校の頃は僕も合羽なんて着なかったから傘を差しながら自転車で走ってた。ライトも点けなかった」
「私の友達にもそういう子がたくさんいた。どうしてですかね」
「真面目にルールを守るってことに、なにかしらの抵抗がしたかっただけ。注意されたり叱られたりするとシュンとするくせにね。そう思うと今の学生たちは、その辺の割り切り方は大人だよね」
「雨の日は自転車に乗らなければいいだけの話だと思うんだけど」
 綾の言葉に章吉は難しい顔をした。
「それは間違いではないけれど、正しくもない」
 章吉は肯定しつつ、否定した。
「でも雨の中の運転は晴れの日より危険な状況がいっぱいだし、なにより、走っていても気持ちいいとは思えない」
「それちょうどいい例え。最初のフレーズは間違いではないけど、後のフレーズは正しくない・・・かな」
「雨の中、こんな交通量が多くて大型のトラックが行き交う道路を好んで走る人はいないと思いますけど。私だったら、朝起きて、雨が降っていたら自転車で駅まで行くのは止めますけど」
「綾さんは一つも間違っていませんよ。台風や大雨だったら流石に自転車は危険だから電車に乗ります。でもこの雨をどうやって楽しんでやろうかって思うと、どんな合羽を選ぼうかと考えたりと雨対策も楽しい」
「ひたすら前向きですね」
「でも、やっぱり危険な事態を招く可能性は高くなるから、雨の日には雨の日の景色を楽しめって人には言えないかな。あくまでも気の持ち方の話です」
「それはわからないことはないけれど、私は乗りたくない」
 綾は章吉の言葉を真似て肯定しつつ、否定した。章吉が嬉しそうに笑う。
「ということで綾さん、そこのハンバーガーショップに入りませんか?」

・・・次回は8月10日・・・



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