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自転車のある風景 第 16 - 3 話 「 Bicycles as Human Dreams 」

 【 1885年 ジョン・ケンプ・スターリーが後輪チェーン駆動式で前後の車輪を同サイズにしたローバー・バイシクルが現在の自転車の基本型。ローバー安全型自転車と 名前をつけられて販売。今日まで続く自転車の原型。これがイギリス自動車メーカーであるローバーの始まり 】
「前輪と後輪の大きさが同じになったらもう今の自転車とかわらないよね」
 章吉は何かを納得したように首を縦に振りながら話をする。
「1885年はマーク・トウェインが『ハックルベリー・フィンの冒険』を出版した年です。当時の人種差別へ真摯に向き合った痛烈な批判が印象的で、あのアーネスト・ヘミングウェイが、『あらゆる現代アメリカ文学はマーク・トウェインのハックルベリー・フィンと呼ばれる一冊に由来する』って言ったほどなんですよ」
 綾はスマートフォンを見ることなくスラスラと話した。
「やたら詳しいね」
「文学部英米文学科卒です」
「なるほど。でも、作家かその作品を卒業論文のテーマにでもしないと、そこまでは興味が湧かないし、なかなか覚えていられないよ」
「そうですね・・・その通りです」
 軽く咳ばらいを一つした綾はスマートフォンを見ながら言葉をつないだ。
「1885年は明治18年、それまでの太政官制度が廃止され、新たに内閣制度が創設されて伊藤博文が初代内閣総理大臣に任命された年です」
「自転車の原型ができた年代に、日本は今の政治が形作られたんだ。しかし文化や文明の差って面白いよね。学生時代にこんな気持ちになれたらもっと勉強したのにね」
 章吉は綾に同意を求めたけれど綾からの返事はなかった。
【 1890年イギリス クリップスの名を冠したレーシングタイプのクリッパー三輪自転車はフランス人プジョーによって製造。これがフランス自動車メーカーであるプジョーの始まり 】
「ローバーもプジョーも自転車製造から始まったとは聞いて知ってました。ここまでくるとあまり歴史を感じなくなりますね」
 綾の歩く速度が少しずつ早くなっている。
「1890年は明治23年、宮田栄助がセーフティー自転車を制作。これが今のMIYATA自転車となったんだ。歴史的にTOYOTAが自転車を造ったことはないのは自転車が生活に根付いたときの文化の差だろうね」
 今度は章吉がスマートフォンを見ながら綾の後を追う。

 出口が見え始める付近まで来ると、スポットライトが当てられた自転車が姿を消して、自転車そのもの変遷ではなく、その進化に必要な部品や自転車から派生したモノが飾られている。

 【 1886年ドイツ カール・ベンツが自転車にガソリンエンジンをつける。これが最初の自動車となる 】

 【 1888年スコットランド人獣医師のジョン・ボイド・ダンロップが空気入りタイヤを実用化。会社創業した1889年には既に現代とほぼ同じ構造の自転車用クリンチャータイヤが完成 】

 【 1896年イギリス ペダルを回し続けなくても惰性で進むフリーホイール機構を発明。1921年島野鐵工所が創業、創業2年目にフリーホイールの生産を開始し世界に通用するフリーホイールを完成させる 】

 【 1832年フランス メデュール・ガルが伝動用チェーンの開発に成功。自転車用チェーンとして特許を取得。1903年にはアメリカの発明家ライト兄弟が、ローラーチェーンで駆動する「ライト・フライヤー号」で動力飛行を達成。後日、ローラーチェーンがなかったら飛べなかったと言った。ライト兄弟も自転車製造業者だった 】

 【 1916年フランス ベロシオはイギリス人の発明したチェーンが動くのではなくスプロケット側がスライドする機構を特許まで購入し、その変速性能を試行錯誤、世界初の外装変速機テロ(Terrot)を発表 】
「ベロシオは自転車雑誌の編集長であり、随筆家でもあり、自転車ブランドを立ち上げた。ベロシオの最も偉大な功績は自転車ツーリングの提唱者であり、そして変速機の必要性を根強く説いたことだって。することがやっぱり文化人だよね」

【 1936年にスターメーアーチャー社が開発した「AW-3」は格段に品質が向上した 】
「内装式変速機の方が先に登場してるって、ちょっとびっくりです。それほど外装式変速機は私たちの生活に馴染んでるってことですよね」
「日本で言うと、斎藤製作所が造った「FUJI SPEED-X」が日本で一番最初の変速機。実用化という点で、唯一製造から販売までを携わった三光舎のダブルワイヤー式が日本で一番最初の変速機と言える。サイクルという雑誌の1954年11月号に、当時日本で外装式変速機を生産していたのは富士スピーデックスと萱場,宮田,三光舎の3社という記述がある。萓場産業のシングルワイヤー変速機、三光舎ダブルワイヤー式変速機って・・・よくわからない」
 二人ともテロの前で立ち止まったまま、スマートフォンで検索して読み上げるという単純な行為を交互に繰り返していた。
「自転車の変速機がないとその楽しみは半減しちゃうよね。平坦で真っすぐな道ばかりじゃないからね」
「そうですよね」
 綾の声が少し下を向いている。
「ちょっと張り切り過ぎました。すみません」
 章吉が綾を気遣う。
「私はもう、自転車の話は・・・おなかいっぱいですね」
 章吉が背伸びをして展示場を見渡した。誰か来たのかと思った綾も真似をして背伸びをして見渡したけれど人の姿はまったく見えなかった。
「貸し切りでしたね。スポーツバイクで走る人の姿は増えたから、自転車の歴史にも興味がある人がいると思ってたのに」
「貸し切りでしたね」
「もうすぐ出口です。僕は思った以上に楽しめました」
「私も楽しかったですよ。勉強にもなりましたし」
 章吉は腕時計をちらっと見た。
「おなかいっぱいのところで申し訳ないんですが、ここを出てお昼ごはんでも如何ですか?」

・・・次回は06月10日・・・

 散走のかたちは人それぞれ。いろいろな人が、好きなスタイルで、ゆっくりとペダルをまわすその時を楽しんでいます。
 OVEのオリジナルストーリー。この主人公たちは、あなたのまちにいるのかもしれません。


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