自転車のある風景 第 19 話 - 2 自転車のある生活
まだ陽が沈む時間ではないのに分厚い雨雲のせいで辺りはすっかり暗くなり、車のヘッドライトの光がガラス窓についた水滴で乱反射する。
「綾さん、コーヒー、もう一杯飲みます?」
「それより、この後はどうしますか?私は電車に乗ったらもう自宅へ向かうだけです」
「鶏のから揚げでも食べに行きますか?」
章吉は笑いながら言う。
「から揚げですか・・・ビールが飲みたくなりますね」
章吉が腕時計で時間を確認した。
「居酒屋が開く時間にはまだ少し早いかな」
「あ、でも、今日は帰ります」
「え?」
一瞬、目を大きく見開いた章吉は、この会話の流れでその答えかと言いたい気持ちをぐっと飲み込んだ。
「了解」
ため息混じりに返事をした章吉にはおかまいなしに、綾は話を始めた。
「章吉さんいつから自転車に乗っているんですか?」
「みんなそうだと思うけど、幼稚園の頃から自転車に触っていなかった? 三輪車を含めたらもっと小さな頃から自転車に触ってるだろうね。自転車に触ったことがない人を探すのは難しいよ」
「確かにそうですね」
「どこかのタイミングで自転車から離れてしまって、離れてしまうとなかなかまた自転車に乗ろうと思う機会がない人が多いんだろう」
「私もその類かも」
「僕は中学、高校と自転車通学だった。大学に進学して都会へ出てきてから乗る必要がなくなった。社会人になってあの先輩と知り合うまでは自転車とは縁が切れていた」
「私もそうかな。大学は電車で通ってたし、社会人になって駅から離れたアパートで一人暮らしを始めてから買い物だとか通勤だとかでまた乗るようになりました」
「そうなんだよね。なにかのためにまた自転車を使うってことは自転車の便利さやありがたみは覚えている証拠」
「やっぱり、また自転車に乗ろうと思うきっかけ次第ですよね」
「そうそう。それがどんなきっかけなのかによって、新しい自転車を購入する場合なら選択基準はまったく違うものになる。しばらく乗っていなかったり、雨風にさらされたりした自転車はメンテナンスが必要になるだろうし」
章吉は自分の言葉で綾と出会ったときのことを思い出した。
「あ、なにか思い出してませんか?」
綾がするどくツッコミを入れた。
「え?あ、まぁ」
綾も章吉もニヤリと笑う。
「パンクしたらそのまま放置、そのうち埃で汚れて錆がでてしまうと、もうその自転車には乗らなくなるなんてこともある。しっかりとした保管場所があるかないかとか、故障したときはどうすればいいかとか、購入するときにいっぱい考えなきゃいけないことがあるんだよね」
「わかります、それ。自分で修理しようなんて気持ちには、なかなかなれません」
「さっきの綾さんの質問の答えとしては、僕が自転車に乗り始めてから、まだ5年ってとこかな。綾さん、自転車は?」
「私は・・・この先はどうかな。目的は達成したし、自転車を楽しむためには・・・次のきっかけ待ちかな」
・・・次回 最終話・・・