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自転車のある風景 第 19 - 1 話 散走ってなんですか

「さんそう?」
 章吉が首を右にかしげる。
「はい。散歩の散と走るって書いて、散走です」
「その言葉は初めて聞いたけれど、漢字からは伝えたいことはなんとなくわかります。ゆっくりと走りましょうってことでしょ?」
「そうですね。間違いではありません」
「 間違いではないってことは正解でもないってこと?」
 章吉は首を今度は左にかしげる。
「自転車を教えて頂いた会社の先輩から聞いたことを私なりに解釈して話をしますが、ポタリングと何が違うんだって聞かれたらその差をはっきりと伝えられないし、章吉さんもなかなか腑に落ちないかもしれません」
 綾は少し戸惑いながら話を進める。
「自転車談議が始まるとは思ってもみなかったから、ちょっと嬉しいじゃないですか」
 そんな綾の気持ちを知ってか知らずか、章吉は嬉しそうに身を乗り出した。
「散走は自転車に乗ることを目的としていないことが大きな特徴です。100kmを何分で走っただとか、どれくらいの標高差があったとか、ダイエットしようだとかそんな乗り方ではなくて、自転車で何かを楽しむことを目的とするんです。肌で感じるスピード感は爽快だけれど、止まることを苦にしない気持ちがあるかないかが大切なんです」
「ロードバイクで100km走っている時だって、競技中じゃなかったら、サドルに座っている時間すべてを何も考えずにひたすらペダルをまわすってことはないよ。一人でも仲間と一緒にいても、たまには背筋を伸ばして深い呼吸をしながら空の青さを確認したり、川の流れる音に耳を傾けたりするんだけど、それとは違うの?」
「違いません。それでいいと思います。その瞬間に感じたことを大切にできたら、それでいいと思います」
「何が違うんだろう?散走の定義ってないの?」
「散走BOOKには、自転車に乗ることを目的とせず、自転車でなにかを楽しむことと書いてありました」
「自宅から駅までの通勤の移動手段でしかない乗り方はまったく散走とは呼べないってこと? 」
 なにかを話そうとして止めて、ハンバーガーを食べ始めた綾を見た章吉は、ちょっと勢い余って言い過ぎたかなと心配しながら、窓の向こう側へと視線を移して変わらず降り続く雨を眺めて綾の次の言葉を待っていた。
「それでも信号で止まったときに道端の小さな花を見つけて季節の変化を感じたり、笑顔が出たらその瞬間だけでも散走ですね」
「なるほど」
「力いっぱいペダルを踏みこんでスピード感を満喫することも自転車の醍醐味だし、登り切った坂から見る風景に感激したり、その坂を振り返って達成感に浸るのも良しです。個人的には自転車に乗る前に散走って意識があるかどうかが一番大きな差だと思っています。誰もいない押しボタン信号が赤だったときや、割り込みや合流の下手な車に出くわしたときに気分を損ねないで、止まったからこそ見えるモノやコトを探す気持ちを大事にする乗り方もあるってことです」
「なるほどね。ゆっくり走ればいいってわけではないのね。なんか綾さん、自転車大好きなベテランさんが喋っているみたい」
 カラカラと笑う章吉の前で少し照れくさそうな綾がいる。
「速く走るからこそ感じるモノとゆっくりと走るから見えるモノは同じ道でも違うだろうなって思ってますから、どっちがいいとか悪いとかは問題ではありません」
「軽快車のペダルを必死に回すのはお断りだけど、ロードバイクでゆっくり走るってのは試してみる価値があるかもね」

・・・次回は11月10日・・・




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