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自転車のある風景 第 16 - 1 話 「 Bicycles as Human Dreams 」

 坂を登り切った先に階段が現れた。
「さらにこの上ですか。思いの外、歩きますね」
 章吉が綾をちょっと気遣う。
「歩きましたね」
 章吉の申し訳なさそうな表情が見えた綾は、自分も歩きましょうと言ったことだし、あえて明るい調子で答えた。
 少しだけ荒くなった息を整えながら、二人並んでゆっくりと階段を上ると、コンクリートで造られた衣装ケースのように無機質な四角い建物が姿を現した。
 バスケットボールのセンターサークルほどの大きさがある丸い植栽に、見上げるほどの立派なクロガネモチが立っていた。そのたくさんの赤い実が青い空と白い建物によく似合っていた。
 章吉は首を伸ばして周囲を見渡すが、他に人の姿が見えない。
「ここですよね」
「たぶん」
 初めて聞く少し不安そうな章吉の声に、綾も曖昧な返事をする。
 章吉は黙って足早に先へと歩きだした。綾は逆にその歩みの速度を落として見ていた章吉の背中は、クロガネモチの陰に隠れてしまった。
 綾がふうっと軽く息を吐いて見上げた空は、西から灰色の雲で覆われ始めている。
「やっぱり雨になるのかな」
 綾の声が聞こえたようなタイミングでふっと姿を現した章吉が綾を手招きして呼んでいる。
 白いコンクリート壁の右端にぽっかりと開いた四角い穴のようなエントランスらしきものへ向かって進んでいくと、「自転車の歴史展」という案内板が現れた。
 3mほど奥まったところにある自動ドアが開いた先にいた受付係の女性が、にこやかに二人を迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
 そう言うとてきぱきと大人2名分のチケットを手配する。
「今でしたら、ゆっくりとご覧いただけます。いってらっしゃいませ」
 章吉が支払いを済ませ、二人は受付係の女性に向かい軽く会釈をして「 BICYCLES  AS HUMAN DREAMS 」とデカデカと掲げられた看板をくぐり抜けて会場へ進んだ。

 木製の重厚な扉を引いて開けると、高い天井から吊り下げられている白熱灯でかろうじて足元が見える程度の薄暗い空間の中、その中央に真っすぐ伸びる一本の通路を挟んだ両脇にスポットライトが当てられた自転車たちが並んでいた。大きくて四角い、静寂な空間がそこには広がっていた。
「あーっと。ライブが始まる前の緊張した雰囲気に似てる気がする」
 章吉が少し興奮した声を出す。
「幻想的ですね」
 綾も軽く心拍数が上がった理由は、この広い異質な空間に見たこともない自転車が並んでいることと、自分たちしかいない事実だった。

 最初にお出迎えをしてくれたのはレオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画。
「この人は自分の発想をきちんと表現できたってことがすごいよね」
「私もそう思います」
「この時代からデザインという概念はあったのかな? 単純にアートなのかな?」
 章吉はたまに簡単に返事が出来ないようなことを言う。しかも綾にはそれが章吉の独り言にも聞こえるから尚更、返答に困る。
「彼はきっとタイムトラベラーなんですよ」
 綾がシレっと言う。
「なるほど。それ、いいね」
 章吉はにこりともせず、納得するかのように首を縦に振っていた。

 最初に目にする位置にある自転車は、煌々とライトに照らされ威張っているかのようだけれど、その造りは単純なものだ。
 二人は説明書を覗き込んだ。

 【 ドライジーネ 1817年ドイツ カール・ドライスが発明した自転車。歴史上初めての自転車。ぜんぶ木で作られていてまだペダルもなくてサドルにまたがり地面を脚で蹴って走る 】

「子供用のキックバイクと同じ構造だね。でもこっちは200年前のか」
「でもこれにはハンドルはあるんだ」
「車輪を2つ前後に並べて倒れずに走れるってことを実証したわけだ」
「このときから自分が造った自転車には自分の名前を付けるなんて海外の文化っぽくない? 僕が造ったら『 Syokie 』がいいかな。綾さんが造ったら、そのまま『 AYA 』でいいよね」
 嬉しそうに立て続けに喋る章吉の邪魔をしまいと、綾はあえて言葉を発さず黙って聞いていた。最後のフレーズはきっとツッコミ処なんだと思った綾は、なにか言わなければいけないという衝動にかられた。
「HONDAもTOYOTAもSHIMANOも日本の名字ですけど・・・」

・・・次回は04月10日・・・


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