自転車のある風景 第 15 - 2 話 コノユビトマレ
お店を出た二人は急ぐ必要もないからゆっくりと歩いている。週末ということもあり、幹線道路とはいえ、轟音で走る大型トラックの姿は少ない。
道路の向こう、反対側の歩道をシティサイクルに乗って野球のユニフォームを着た男性が走っていく。すぐに同じユニフォームを着て野球用のヘルメットをかぶってバットケースを背負った男の子が先を行く男性を追いかけるように走っていく。
そんな光景を章吉はずっと見ていた。
「どうかしました?」
綾が聞く。
「え?いや、あの親子」
章吉が指をさす。
「普通自転車歩道通行可の標識があるからいいとして、それよりなにより、男の子のサドル、低すぎるなって思って。あれではしんどいだろうなって。きっと先に走るお父さんは息子の成長に合わせた自転車のことを考えてもいないなって。もう少しサドルを高くしたら男の子も、ちょっとは楽にお父さんについて行けるのに。結構、多いんですよ、低いサドルのままで苦労して自転車に乗ってる子が」
章吉は残念そうな表情を浮かべた。
「いつもそんな風に街を眺めているんですか?」
綾は感心したような、呆れたような声で質問をした。
「まさか。いつも自転車ばかり見てませんよ。自転車に乗るようになってから。ですかね。不思議なもので、今まで意識していなかった自転車のある風景が目につくようになったんです。ロードバイクに乗って信号待ちをする女性のGパンとスニーカー姿が素敵に見える。そんなことは今までなかった」
綾もそうだった。赤い自転車に乗った男性を探していたころは、いつも自転車を意識していた。
「それ、わかります。興味がないものは、それが視界に入っていても記憶にも残りませんから」
高校生が思い切りペダルを踏んで外れそうなチェーンがガシャガシャと音を立ててまわっている。
「油くらい注せばいいのにね。でも僕も高校生のときは同じ状態の自転車に乗ってた」
章吉が笑いながら言った。
真っ黒なロードバイクに黒いヘルメットと黒いサイクルウェアを纏った小さな背中があっという間に通り過ぎた。
「速い」
綾は思わず呟いた。
「速いよね。女性かな?」
章吉の言葉が追いつかないほど、黒い塊はあっという間に視界から消えていく。
「自転車ってもっと速く走れるように進化するのかな。綾さんはどう思います?」
「え?進化って?」
急にそんな質問をされて困った表情の綾の口からは、言葉はすぐにはでてこなかった。
「あ、それは、あの、歴史展を見てからで・・・」
前方の歩行者用信号機が点滅を始めたことに気がついた章吉は次第に脚の運びを遅くすると、綾もそれに合わせるように歩いた。
黒いシミみたいに油が染込んだ歩道に立って二人は行き交う人や車を黙って眺めていた。
砂の擦れる音が聞こえる。
犬が鳴いている。
ちぎれた雲を見ていたら信号が青にとっくに変わっていた。
歩き出した二人は上り坂で息を切らす。その少し先に会場があるはず。
・・・次回は03月10日掲載予定・・・
散走のかたちは人それぞれ。いろいろな人が、好きなスタイルで、ゆっくりとペダルをまわすその時を楽しんでいます。
OVEのオリジナルストーリー。この主人公たちは、あなたのまちにいるのかもしれません。