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自転車のある風景 第14‐2話 10年前の帽子

 今度の週末は、晴れのち曇り時々雨。
 彼は自転車の歴史展へ行かないかと提案してきた。それは好都合で、自転車のことを知らなくてもまったく気にならないし、難しいカタカナ部品の名前を聞くことも覚えることもそんなに多くないだろうし、なにより自分の知識にもなるから迷わずに二つ返事でその提案を引き受けた。

 初めて自転車に乗った小学生の私がなにを考えて、なにを感じていたのかは忘れてしまったけれど、住む街が変わっても、自転車という乗り物はその形や大きさ、使い方を変えながらも、ずっと私のそばにある。
 でも、私には人に語れる楽しい自転車史が見当たらない。中学校も高校も電車で通学だった。吊革につかまれないほどの満員電車の窓から見えた、友達と気持ちよさそうに自転車に乗っている同世代の制服姿を羨ましく感じたこともある。

 もし、なにか一つ、自転車にまつわる話はないですかと尋ねられたら、もっと一緒に自転車で出かけたかった会社の先輩が連れて行ってくれたカフェに、たまに顔を出していることくらい。
 そういえば、先輩が「前を走っている私の背中ばかりを見て、遅れまいとペダルを廻すことだけに集中していると、風や匂いや色の変化にまで気がつかないからね。目的地に無事に到着した達成感も大切なんだけど、そんな長い距離や坂を上ることは、もっと自転車に慣れてからでいいと思う」って言っていた。
 天気がいい日、これといった目的も決めないで、気の向くままにハンドルを切りながら一人で走っているときは、自分のペースでゆっくりと進めるし、興味をそそるいろんなモノやコトがみつかったときには止まればいいから、自転車って気ままでいいなと思う。
 先輩が言っていた「散走」らしくなったのではないかなと思うけれど、経験の浅い私は、一人で走るには故障や事故が不安で、どうしても行動範囲が決まってしまって、もうそれ以上先には進めない。たとえば挫折が目の前に立ちはだかるとそこから先の楽しさが見えなくて、時間が経つにつれて自転車で走る爽快感が少しずつ薄れてしまった。
 
 彼に好かれようとして自転車に乗り始めることは、決してしないようにしたい。それはまた自転車に乗る習慣が身に付かなかったときの、自分への言い訳にしかならないと思う。なるべくなら、なるべくなら嘘はない方がいい。本当に自転車を楽しんでみようかなって思うようなことが起きるまでは、その気持ちを変えないと思う。彼があまりにも強引にサイクルジャージを着せようとしたら、そのときは身を引くこともあるかも知れない。

「自転車の歴史ね・・・」
 文明の発展は道具の進化によるところが大きいと思う。今の世の中に当たり前に存在して便利な道具は宇宙人かタイムトラベラーがやってきて素知らぬ顔をして我々に紛れ込んで知恵を授けてくれたに違いない。石からガラスや鉄を製造する方法とか火薬の造り方なんてひらめきで簡単にできるとは思えない。写真やテレビが映る原理を人が納得できるように説明はできないけれど、遠くへ、楽に、速く行きたいと考えた人が発明した乗り物が自転車なんだと誰でも納得できる。

「さてと、なにを着ていこうかな。自転車に乗ることはないだろうからスカートでもいいわよね」
 やっぱり綺麗でいたいし、かわいい女でいたいけれど厚化粧はきらいかな。
 時間があったら、初めて出会った場所にもう一度戻ってみたい。
 恋のヒロイン、演じきれるかしら。
 

・・・おわり 次回の作品は2022年01月10日掲載予定・・・

 散走のかたちは人それぞれ。いろいろな人が、好きなスタイルで、ゆっくりとペダルをまわすその時を楽しんでいます。
 OVEのオリジナルストーリー。この主人公たちは、あなたのまちにいるのかもしれません。



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