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自転車のある風景 第14‐1話 10年前の帽子 

 仕事の帰り道、ふと目に入った誰もいない工事現場の駐車場に自転車を止め、腰を下ろして自分の自転車の歴史をたどってみた。
 つい先日、公園でヘルメットをかぶった子供がお父さんと自転車に乗る練習をしている光景を見たとき、自分の幼少の頃の記憶を遡ったけれど、なぜかその練習をした光景が思い出せなかった。
 そういえば、最近、補助輪をつけたまま縦横無尽に走り回るやんちゃな子供たちの姿を見かけない。今の小さな子供たちがすいすいと2輪で走っている理由は、親と子が時間をかけて辛抱強く接する、この自転車練習の賜物なのか。僕の親父にはそんな時間がなかったのか、面倒だったのか、それがふつうだったのかは、あえて聞かないことにした。

 僕の自転車の歴史は幼稚園の年長さんになった頃、近所のお兄ちゃんから譲ってもらった、僕の体型にはまだ不釣り合いな大きな車輪がついた青と白の自転車から始まる。すぐに成長するんだから、大きめの自転車で脚がつかないけれど補助輪をつけたら大丈夫だと親父が判断したのだろう。
 補助輪をつけていては車体が傾かないから思うようにうまく曲がれない。下り坂をスピードを落とさずにカーブを曲がりたい気持ちと曲がり切れなくて家や壁にぶつからないようにブレーキをかける気持ちのバランスが乱れると、悔しいほど緩やかなスピードでカーブを曲がったり、若しくは、曲がり切れずにコケて痛い思いをする残念な結果になったことが何回もある。

 小学校1年生になった春には、ガタガタとうるさい補助輪を使わなくても上手に走れるようになった。まだ危ないからつけておけと言うお袋の目を盗んで外そうとしたけれど、銀色のナットがなかなか動かなくて半べそをかいていたとき、親父が何も言わずにそっと力を貸してくれた。
 足が地面に着かなくても怖くなかったし、速く走れるほうが気持ちよくて、なにより少し大人になった気がして心地よかった。

 中学校は自転車通学だった。当時の男の子は5段変速機がついた自転車を入学祝いかのように買ってもらった。ほんと最近になって、ハンドルの型は「セミドロップ」、トップチューブにオートマ車についているような四角い変速レバーがついた「コンソールボックス」、スーパーカーライトと呼んでいた格納式ヘッドライトは「リトラクタブルヘッドライト」、そしてその機能を搭載した自転車は「ジュニア・スポーツ」というカテゴリーだと知った。でもなんだか、そのカテゴリー名では、日が暮れても走っていた、あの妙な気分の盛り上がりをうまく表現できていない気がして、もっと、こう、ワクワク感満載だったあのときが思い出せるカテゴリー名がなかったのかと少々、残念に思う。
 記憶では、価格は5万円くらい。調べてみると当時の大学卒業者初任給が約10万円。なんともぜいたく品だったというより家計にとっては大きな出費だったんだと今になって親に感謝している。社会人になってから、後輪の横に通学鞄用の黒い折りたたみサイドバスケット が取り付けられていた自転車を見かけて、懐かしさに思わず追いかけようとしてしまったことがある。

 いち早く、その「ジュニア・スポーツ」を買ってもらった、まん丸メガネの関君が競争しようと自慢げに言うから受けて立った。5段変速機を効果的に使うための技術や知識は誰にも教わっていないから、その機能を充分に使いこなせない関君よりも運動能力で勝る僕のシティーサイクルが結果的には速かった。悔しいばかりの関君はギアが5枚もついてるから坂道なら負けないだろうと性懲りもなくまた競争することになったけれど、結果も同じ、その理由も同じだった。
 関君がほんの少しだけ5段変速機での走り方を教わっていたなら、僕は負けていたかもしれない。多分、自転車の性能にはそれくらいの差があったはずだ。

 おそらく同じころ、親父が真っ赤なロードバイクに乗っていた。自分の自転車と比べると何もかもが細くて、もし倒れたらすぐに壊れてしまいそうで怖くて一度も触れなかった。その華奢な自転車で颯爽と駆けていく親父が格好良く見えた。

 高校も自転車通学、その「ジュニア・スポーツ」は格好悪いと烙印を押されて、男子はまた、シティーサイクルへと回帰。気がつくと中学から同じ自転車に乗っているのは僕だけという状況だった。今から考えると、流行りでしかなく、また、そこからさらに新しい刺激を求めて高みを目指す自転車愛に目覚めた友達がいなかったという事実は寂しい。
 「自転車の乗り方」ではなく「自転車の楽しさ」をこの時期にしっかりと教えてくれる大人がいたら、舗装された道だけではなく、野や山、いろんな場所でもっと自転車で走って、走って、走って、走って、僕たちは楽しい遊び方をいくつもいくつも考えただろう。

 今の子供たちは台湾やイタリアやアメリカの名立たるメーカーのスポーツバイクに乗っている。あの四角い頑丈な学生鞄は姿を消してリュックサックで通学している理由も大きいだろうけれど、スポーツバイクはシティーサイクルよりも心のままに吹く風に乗り、気まぐれな空へ飄々と舞い上がれるように走れることが知れ渡った証拠だとしたら、実はこれって、日本における自転車文化の歴史的な前進なんだと思う。

 さて、綾さんに「自転車の歴史展」へのお伺いを立ててみよう。

・・・つづきは12月10日に掲載・・・


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