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自転車のある風景 第 13 - 2 話 電話

 やっとこさ届いた綾さんからのメッセージは、他の自転車にも興味があるからいろいろ見てみたいとのこと。今のところ、共通の話題が自転車しかないとはいえ、最初のデートが自転車屋さんとなってしまうなんて、これまた色気がない。
「自転車ね・・・」
 毎年4月に試乗もできる大規模な自転車展示会が開催される。何年か前に、自転車を教えてもらった先輩に誘われてその展示会に行ってみたら、自転車好きな人間がこんなにたくさんいるのかと驚くほどの盛況で、音や臭い、熱気が凄かった。
 そしてなにより、世界から集まった自転車たちが赤や黄色や銀色、個性的な緑色であざやかに彩られ、眩しいくらいの照明の下、その光を反射してキラキラと耀いていてめちゃくちゃ綺麗に見えた。
 色とりどりのたくさんの風船をいっせいに放した青空を見て感じる、子供のように単純で高らかな興奮を覚えた自分自身に驚きを隠せなかった。
 こいつたちに乗って走ったら、鳥のように風をとらえたら自由を感じるだろうかなんて思った。
 春は花が咲き乱れて、夏は花火に恋するように、秋は空を吸い込むように、冬はどこまでも駆け抜けるように走れたら楽しいだろうなと思わせるには充分だった。
「まだ2月か」
 もっとも、4月までに綾さんのなかで僕の声が消えてしまってもしかたないから、デートができる関係が続くのかどうかは定かではないけれど、活動的な彼女なら、あの展示会に行けばきっと僕の気持ちがわかってくれると思う。
 パソコンで調べたらキラキラと自転車が威張っているお店はすぐに見つかる。ただ、綾さんが自転車のなにが知りたいのか、どんな興味があるのかわからないし、単純に、あなたに言われた通り、自転車屋さんに連れてきましたってわけにはいかない。そんな能がないことをすれば、もう次はない。
「んー、どこか、こう、素直に楽しい時間を過ごせる場所はないかな」
 先輩に相談したら間違いなく自転車好きが集まる店をたくさん紹介してくれるけれど、今回はちょっと毛色が違う気がする。残念なことに僕の友達の輪の中には自転車を楽しんでいる女性が見当たらない。
 送信されてきたメッセージを何回か読み返してみては、デートの目的を変えましょうとも言おうかとも考えた。でもあえて、お酒の席ではなく明るく健康的な時間帯を選んだろうし、映画は好みがはっきりと分かれるし、粉雪舞う季節の遊園地は、もう少しお互いのことを知ってからのほうが楽しめるだろう。
 パーツやフレーム、素材などの知識はあった方がいい程度のことだし、むしろ、ずっと楽しく乗る秘訣が見つかればいいなと思う。
 もう今日はそれ以上は考えないことにした。でも、こんな楽しい悩みを抱えている時間は久しぶりだ。

「お疲れ」
「お疲れ様です。出張はいかがでしたか?」
「ゆっくりしてきたよなんて大きな声で言うと、誰が誰になにを言うかわからないから、小さなお土産だけ買ってきた。危うく日帰りになりそうだったんだけど、相手先の都合で一泊になったから、田舎料理を頂いてきた」
「そうでしたか」
「自転車、乗ってるか?」
 迷ったけれど、聞いてみた。
「あの、先輩にお伺いしたいことがありまして」
「金の話以外なら相談に乗るぞ」
「実は、今度、自転車のことを知りたいという女性と会うことになったんですが、どこへ行っていいのか思いつかなくてずっと迷っています」
「相手はまったくのド素人か?」
「いえ、もうクロスバイクの経験はありますが、自宅から駅まで、もしくは近くでの買い物で乗ってるくらいです」
「ということは、自転車屋以外の場所で、どこかいいところがないかと聞いているわけだな」
「はい、その通りです。ですが、自転車というキーワードは外せないんです」
「初めてのデートで、いかがわしい場所には行けないし、馴れ馴れしくもできないってことね」
 にこりと笑うこの先輩が、取引先で評判がいい理由はこの頭の回転の早さだとよくわかる。
「自転車の歴史展はどうだ?」
「え?」
「自転車の歴史なんて興味を持ったことはないだろう? 知らないことばかりで面白かったというより勉強になった。このネタ、BARで小一時間なら語れるぜ」
 この先輩の表情から推察するとかなり知識の習得になったようだし、それなら僕も綾さんも楽しめる気がする。
 自転車の歴史か。ん、いいんじゃないかな。


・・・おわり 次回の作品は11月10日掲載予定・・・

 散走のかたちは人それぞれ。いろいろな人が、好きなスタイルで、ゆっくりとペダルをまわすその時を楽しんでいます。
 OVEのオリジナルストーリー。この主人公たちは、あなたのまちにいるのかもしれません。


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