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自転車のある風景 第 13 - 1 話 電話

 手紙は別次元なものとして考えて、誰かに連絡するためには電話をかける方法しかなかった時代って、ずいぶんと面倒だったんだなとあらためて思った。
 ましてや、個人が持つ携帯電話が存在しない、一家に一台の固定電話が唯一の連絡道具だった時代はそれを使うなんて最大限の度胸が必要だった。
 誰が電話口に出るのかわからないあの緊張感は、メールやメッセージアプリの送信ボタンを押すときとは比べものにならないくらい遥かに心臓がバクバクした。
 でも、約束した時間に電話口に誰が出ようと、それはそれで、楽しかったことには間違いない。
 天気予報が違うほど、遠く遠く離れ離れ、電話が切れない夜もあった。
 それを思うと、スマートフォンから文字による連絡方法は、わざわざ電話器が置いてある場所に向かうという行動は必要ないし、電話をかけている自分の姿を人目にさらす緊張感はないし、会話を聞かれる心配もない。怖い沈黙はないから、なにより哀愁を身にまとえないこの連絡手段を、ほんの少しだけ残念に思う。

「年が明けてひと段落したら」って、いつのことだろうか。
「お酒でも飲みながら」って、食事のお誘いと考えていいのだろうか。
「自転車以外の話でも」って、なにを話せばいいのだろうか。

 新年を迎えてからはやきもきした日々が続いている。軽い気持ちで連絡すればいいだけなのに、明日にしようって伸ばし伸ばしになっている。まだ2回しか会っていないんだから彼の気持ちが読み取れなくても当り前なのに困ったもんだ。
 日めくりカレンダーがまた1から始まる前には連絡しないと、せっかく誘ってくれた彼に失礼になる。今はとりあえず連絡をするという単純作業が大切なとき。
 でも、こんなに気持ちが盛り上がっているけれど、今度会う予定云々は彼からの返信を見てからにしようと思っている。というのは、あまりにも無様で滑稽な内容が返信されてきた場合、私はとても戸惑うだろうし、もしかすると百年の恋も一瞬に覚めてしまいかねない。逆も然り、初めての連絡だし、私も無駄のない簡潔な文章をと心がけて、絵文字は避けてみる。
 まずは新年のご挨拶と突然の声掛けの謝罪、そしてお誘いのお礼をしたためた。私は深呼吸を一つ、意を決してスマートフォンからメッセージアプリでメッセージを送信した。
 天井を見ながら深く大きく息を吐いた。スマートフォンを持ってキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールとプリンを取りだして、プリンは机に置きました。缶ビールのプルタブを引き起こす前に既読のサイン。
「早い」
 金曜日、20時。
「暇なのかな」
 ビールを一口飲んだとき、メッセージアプリの着信音が鳴る。彼からのメッセージの内容は私と同じように新年のご挨拶、それから突然のお誘いの謝罪、そしてお誘いの快諾のお礼がしたためられていた。文章は短く端的、絵文字は使われていない。
″もっと自転車について知っておこうかなと思いまして”
 今は会話の共通点が自転車しか見当たらないから、ついついそんな単語を並べて返信をしてしまった。いきなりお酒より、ここはひとまず明るい時間にもう一度会ってからの様子見でしょう。
とんとんと会話が進む
”来週の土曜日、10時ですね。楽しみにしています”
 顔を合わせる場所は、この前のカフェ。
「話の進み方も早い」
 ここで、はたと考える。自転車について知りたいと言ってはみたものの、なにか知りたいことがあるわけではない。しかも、今、乗っている自転車でも事足りてるからもう一台買うなんてことはあり得ない。じゃあ、私は一体、何しに自転車屋さんに行くんだってことになるから、なにか知りたいことを見つけなくてはいけない。
「早く走るための方法なんて聞きたくないしなぁ」
 私の自転車なんて最近はブレーキをかけるとキーキーと鳴くようになってきた。
「あの自転車は見せられないなぁ」
 じゃあ、お手入れの方法でも教えてもらおうかと考えると、結局、自分一人では作業しなくなるとわかっているから聞いてもしかたない。つまるところ、自転車に対する愛情が足りない。初めて自転車に乗れた日のトキメキは思い出せないから、彼のことは気になっても、同じような気持ちで自転車には向き合えない。

 自転車を買ったばかりの頃は先輩からのお誘いがなくても、何回かは一人で自転車ででかけていた。でも季節が巡って雨の日が多くなり、そのあとには暑い日がやってきたりするとだんだんと乗らなくなってしまった。公園の池には氷が貼りそうなほど気温が下がる明日、朝から自転車で出かける気にはなれない。
 でも自転車が嫌いなわけじゃない。嫌いになるほど乗っていない、そんな人は多いんじゃないかな。
「そういえば、先輩から教えてもらった散走って、彼は知ってるかな?」

・・・つづきは10月10日に掲載・・・



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