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自転車のある風景 第9-1話     RING!RING!RING! 

 遅く起きた日曜日、まったりとしていたら「近くにいるんだ。今から出てこれない?」と彼からの突然の誘い。
 慌ててコーヒーを飲みほして支度を整え、すぐ家を出たから待ち合わせの時間よりも早く到着してしまった。
 指定された場所は坂の途中にある、いつもはただ通りすぎてしまうだけのお店だった。ショーウィンドウには車輪もハンドルもない真っ赤な自転車が吊られていて、その昔、化粧品のコマーシャルで見た一重で切れ長の日本女性の美人画みたいな顔をしたマネキンが、身体に張り付くようなピチッとしたウェアを着て椅子に座っている。
 目を凝らしてみると、整然と並んだ色とりどりの自転車の奥にはバーカウンターらしきものが見えて、その上にしかめつらのGIジョーがいる。
「へぇ、最近の自転車屋さんはブティックみたいなんだ」
 記録的長期間にわたって居座った梅雨前線が高気圧に押されていなくなった途端に、夏の強烈な陽射しが肌を刺す。
 自転車のことは何もわからない私がここのドアを開けるのは、少々、度胸が必要で躊躇した。軒先の日陰を拝借して暑さを我慢して彼を待つことにした。
「今日の太陽はスペシャルですね」
 振り向くとお店のスタッフの方が立っていた。
「はい」
「お待ち合わせですか?」
「はい」
「でしたら、中でお待ちいただいても構いませんよ」
「え、でも」
「自転車に興味があるなし、好き嫌いは関係なくて構いませんから遠慮なく」
 それだけ言うと、スタッフの方はドアを開けっ放ししたまま、お店の奥へと戻って行った。
「ありがとうございます」
 消えて見えなくなった背中にお礼を言って、少しだけ迷ったものの、やっぱり暑さを避けたくてお邪魔することにした。
「いらっしゃいませ」
 レジの横の作業スペースで自転車の修理をしているスタッフの方が、私の顔も見ないで機械的に呟く。
 その声が聞こえたのか、お店の奥から先ほどのスタッフの方が歩いてきた。
「ようこそ。自転車でも眺めていってください」
「はい、ありがとうございます」
「自転車には乗ったことがありますか? あ、こんな質問はおかしいですよね。今はなにか自転車に乗ってらっしゃいますかって聞くべきですね」
 満面の笑みで言われて、しかも笑うところかも知れないけれど、若干の緊張を伴っている私の表情筋は動かない。
「はい。クロスバイクです」
 真面目な顔で、ぶっきらぼうなほどきっちりと答え過ぎたせいか、スタッフの方は逆に冷静な表情に戻ってしまった。いやはや、この空気はどうすればいいかと戸惑う。
「そうですか。なにか質問があればおっしゃってください」
 そう言われても、自転車の森にどこから足を踏み入れたらいいのかわからない。とりあえず、お店をぐるりと一周してみることにした。形はいろいろあるけれど、やっぱり、自転車は自転車と思いながら歩いていると、これが自転車の価格かと驚くような値札を見つけて立ち止まってしまった。
「いらっしゃいませ」
 玄関口を見ると、彼がお店に入ってきた。
「お待たせ。早かったね」
「急に連絡してきて、出てこいって言うから慌てて来ちゃったじゃないの」
「ごめん、ごめん。どう? 自転車。いろいろあるでしょ」
「自転車とは思えない値札が付いてるわよ」
 私が指さした方向を見た彼は軽く頷いた。
「フレームやパーツの素材や性能の良さが違うんだよ。それはまた今度かな。今日はまず、ゆっくり見て触って自転車を知ってください」
 彼が嬉し、楽し、大好きって表情をしている。
「ご希望でしたら試乗もできますよ」
 彼の方が自転車に興味があるとわかったからか、スタッフの方が話しかけてきた。
「ありがとうございます。では、あと30分ほどしたらお願いしても構いませんか?」
「かしこまりました。ご出発前に幾つかの注意点を含め、ご説明をさせてください」
「よろしくお願いします」
 キョトンとしている私を見て、彼はにんまりと笑っていた。

・・・つづきは02月11日に掲載・・・


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