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自転車のある風景 第 7 - 1 話   No Damage

 また一つ季節が過ぎた。
 空は高く晴れていた。銀や白の車体が赤や青で派手に彩られた車輪の小さな自転車たちが高層ビルの足元、車の往来が多い道路をゆっくりと走っていく。
 彼らは車で走っていると見逃してしまいそうなほど小さな間口の路地の前で止まった。
「ねえ見て、あの自転車の人たち。あんな狭い路地に入っていくみたいよ」
 私は車の窓を開けて彼らを指さした。彼はハンドルに腕を重ねて前かがみになって外を見た。
「ホントだ。綺麗な自転車に乗っている人が増えたよね。いいことだ。さぁ、行ってこい」
 彼の言葉が合図のように、5人くらいの男女はそのまま路地へと消えていった。
「あの先にはなにがあるのかな?」
「さあね。でもどこかに出るんだろうな」
「あんな細い道、自転車で走れるのかな?」
 車の窓から身を乗り出して、路地を覗き込もうとした。
「同じような自転車に乗って、同じようなヘルメットを被っているんだからプロのガイドがついたツアーだよ。ちゃんと下調べはしてるさ。この辺はあっちこっちで工事をしているから、車道はちょっと走りにくいよね」
「そうだよね」
「青になった。ほら、顔、引っ込めて」 
 走り出した車から少しだけ見えた路地にはもう、自転車の姿はなかった。

 日曜日だというのに思った以上に交通量が多く何回も止まる。
 アスファルトとコンクリートで覆われた乾いた街を走る。
 壁からはがして捨てられた古ぼけた映画のポスターが道路を舞う。
 シャッターにはいたずらで描かれた誰かのイニシャル。
 サイレンの音が遠くに聞こえる。
 ガソリンの臭いがする。
「この先で事故でもあったらもっと渋滞するね。せっかく早めに出てきたのに今の調子だったら美術館の開館時間前に到着できるかどうかさえ微妙だね」
「前を走る車も、その前の車も私たちと同じ目的だったりして」
「そんな感じだよね。こんなイライラが続く情けない週末にはならないでほしいよ」
 私は窓を閉めた。
「ゆっくりでいいからね」
「そうするよ」
 彼はシートに深く身をうずめ、強く短い息を吐いた。
「聴きたい曲、ある?」
「たまにはラジオにしないか?」
「それもいいわね」
「こんな朝にピッタリのビートを探してムード盛り上げて」
「あんまりお喋りなDJは嫌いだからね」
 走りすぎて行くタクシー、西行きのバスのクラクションが響く。
「この街のノイズに乾杯」
 私の自転車なんてチェーンは錆びついて茶褐色のまま。でも、動くからそのまま乗っている。
 買ったばかりの頃はあの自転車みたいにピカピカだったのにな。
 あの自転車じゃあ、遠くへは行けないな。

 ・・・つづきは10月10日に掲載・・・


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