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わたしの散走STORY 第2話


この町で喫茶店をはじめてもう30年が過ぎた。夫婦で切り盛りしている小さな店だが常連さんがついて、それなりになんとかやれている。最近は近くの女子大生がちらほらと来てくれるようになった。理由を聞くと、うちのホットケーキが『インスタ映え』するとかなんとか。妻に聞いてもよくわからないのでまあいい。美味しいと喜んでくれているのだろう。


「あなた、これに行ってみましょうよ」と1枚のチラシを妻がもってきた。市役所が開催する散走イベントの案内と書いてある。「散走って何だ?」「自転車でゆっくり走って隣町まで行くみたいね。運動不足の解消にもなるから行きましょうよ」と強引に決められ、夫婦揃って参加することになった。

気恥ずかしいと思っていたが行ってみると意外にも同年代の男性が多い。いくつかのスポットを巡る半日のコースで、散走のスタッフがグループごとについてくれるので安心だ。ゆっくりとペダルをこいで坂を上がると小さな祠に到着した。こんなところに神様がいたとは。スタッフの人が祠の由来の解説をしてくれた後、みんなで手を合わせて参拝する。その後さらに坂を上って蕎麦屋で昼食をとる。美味い。この蕎麦の美味さは身体を動かしたからだけではなさそうだ。神様が見守る蕎麦だけにひとしおなのかと思いながらずずっと残さずいただいた。

押入れの奥から引っ張りだしたのは、昔少したしなんだ水彩画のセット。あの散走イベントで気がついたのは、30年間店にこもりきりで私はこの町の姿にまったく目を向けていなかったという反省だ。昔より減ったとはいえ、田園風景があり、小さな山がそびえ、そこに小鳥が来る。花が咲く。店の定休日に水彩画のセットを載せた自転車を気ままに走らせ、気に入った場所をスケッチするようになった。

散走をはじめて、自分のまなざしにこそ幸福の種があることに気がついた。野に咲く小さな花に、空を自由に舞う鳥に、私の目は奪われる。その姿を紙に写し、気に入ったものを店に飾る。あの女子大生たちはこの絵に何かを感じてくれるのだろうか、そんな想像を楽しみながら。

【Fin】

***

散走のかたちは人それぞれ。いろいろな人が好きなスタイルでゆっくりとペダルをこいでその時だけの時間を楽しんでいます。OVEのオリジナルストーリー。この主人公たちは、あなたのまちにいるのかもしれません。


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