OVE

第1話 先輩の背中を追いかけて。

第1話先輩の背中を
追いかけて。

それは先輩とランチをしているときだった。
「さんそう?」「そう、散歩のように自転車でゆっくり走る散走」
「それが先輩の趣味なんですか?」
「趣味っていうよりリフレッシュするためにやってるかな」
「気分転換?」「まあ町の情報収集も兼ねて」
そういやこのお店も先輩が「新しいイタリアンができている」と
誘ってくれたのだった。いや、このお店だけじゃない。
路地の奥にある雑貨屋も、町のはずれにあるベーカリーも
全部先輩が教えてくれた。「よく知っているんだなあ」とは
思っていたけど、それは散走によるものだったのか。
「もう時間、会社に戻るよ」と言われ、急いでコーヒーを飲み干した。

「私も連れていってください」と懇願して、
次の日曜日、私と先輩は自転車で待ち合わせをした。
デニムにパーカーの姿の先輩は
ジョギングウェアを着込んできた私をひと目見るなり
「派手だねえ」と笑う。いいもん。気にしない。
「じゃあまず川沿いをゆっくり行こう」と言う先輩についていく。
ゆるい上り坂だけど、このスピードなら自転車でも息があがらずツラくない。
グラウンドの野球少年たち、赤ちゃんを連れた若い夫婦、
手をつないで歩く老夫婦など、日曜日の午後の光景はとてもあたたかい。
景色はするりと過ぎていくけれど、私の意識にしっかりと刻まれて
不思議とやさしい気持ちに包まれていく。
「着いたよ。一旦ここで休憩!」とロッジ風のカフェに入った。

「久しぶりだね」とマスターに声をかけられた先輩は
慣れた様子で席に座り、「ここのアップルパイはマスターのお手製。
絶対食べておいた方がいい」と私にささやく。
「ほら、マスターの顔もアップルパイみたいにまんまるでしょ」と笑う先輩は
会社にいるときとまったく違うやわらかな雰囲気だ。
良いな、と思う。私も先輩のような女性になりたい、と思った。

あの日から時間を見つけては自転車でふらりと散走をするようになった。
長年住んでいるこの町に、知らないところがこんなにもあるのかと驚く。
ひとりで走っていると誰かに声をかけたくなって、
本屋さんやパン屋さん、八百屋さんと仲良くなれたのもうれしい。
そうだ、今度は先輩と一緒にこの町を散走しよう。
どんなコースにしようかとわくわくしながら地図を開いた。

【Fin】