OVE

週末の朝、夫婦で楽しむ「散走」で五感をリフレッシュ

これまでは、散走をイベントや社会活動の手段として活用している方々を紹介してきた「私の散走」。でも本来の散走は、自転車とともにある生活の中で、気軽に価値ある体験を楽しむ「パーソナルな」もの。そこで今回はご夫婦で散走しているグラフィックデザイナーの小林さんのお話を伺った。散走するうえでヒントになることがきっと見つかるはずだ。


自転車との出会いが生んだ、たくさんの「出会い」・・・自転車・お店・仲間/パートナー


グラフィックデザイナーの小林さんが自転車と出会ったのは、独立して家から離れた都心に事務所を構えたころ。通勤手段として自転車を買おうかな、と思い近所の自転車屋を訪ねた。
「この自転車屋さんとの出会いがなければ、私はいま自転車に乗っていなかったかもしれない」
そう力説する小林さん。伺っていると「ここまで手取り足取り対応してもらったのか!」と驚いてしまった。なんせ、小林さんが最初にお店に訪れてから、自転車が決まるまでに1年半、さらに納車するまでに6ヶ月、合わせて2年近くかかったという。
その後小林さんが自転車をオーダーメイドすることになった時には、フレームビルダーが「ここの店なら任せられる」とパーツの組み付けを一任した、腕も確かな店なのだ。
パーツ交換をお願いしても「まだまだこのまま乗れる」と、ちょいと調整だけして帰されてしまうこともあるという。じっくりと、親身になって相談にのってもらえる、そんなお店が近所にあったのは幸運としか言いようがない。



買った自転車で通勤を始めた小林さんだが、「この自転車、通勤だけではもったいない」と悟る。そして雑誌に載っているイベントに参加してみることにする。そのなかの一つがOVE散走だった。
「OVEの散走のスタイルが私に合っていたこともあり、何度か参加しました。そこで知り合った方々と一緒に『スイーツ散走』『ベーカリー散走』などを企画したことも、私の自転車との付き合い方に影響を与えたと思います」
さらには、OVE散走仲間と参加した「シマノバイカーズ」では、ご主人と知り合うことに。最初に自転車屋さんに一歩を踏み入れたところから、小林さんの人生は大きく広がっていった。

普段はどのような自転車の楽しみ方をしているのか伺ったなかで、ご主人と一緒に海辺の公園に行き、コーヒーを淹れながら朝食を楽しむ、という散走に同行させて頂くことにした。


「朝の散走」へ。街に歴史あり・・・「イチコク」の謎


清々しい週末の朝、京浜東北線の蒲田駅に集合。小林さんとご主人に合流する。小林さんはメッセンジャーバッグを背負い、ご主人はパニアバックを自転車に装着。パニアバックにはコーヒーを淹れるための道具一式が入っている。
実はメッセンジャーバッグにも工夫がある。バッグの中に箱を入れているのだ。
「途中でパン屋さんに立ち寄って買ったパンがつぶれないようにするためなんです」
散走と美味しいモノは切り離せない。このようなちょっとした工夫をすることで、空の下で食べるパンが一層美味しくなる。



羽田空港を正面に見る海に面した公園では火を使うことができる、ということを知って以来、時折自転車で訪れ、コーヒーを淹れながら朝ごはんを楽しむという小林さん。回数を重ねていくにつれて少しずつ道具もノウハウも増えてきた。

繁華街を抜け、川沿いの道を走り、しばらく走ると商店街が現れる。商店街の入り口にはパン屋、その向かいにはコンビニがある。小林さんが入口の角にあるパン屋に立ち寄っている間、ご主人は向かいのコンビニエンスストアで水を買う。



買い物を済ませたら商店街の中をまっすぐ進む。商店街の出口は大きな道路、国道15号線だ。
「このあたりの人たちは、国道15号線のことを『イチコク』と呼び、国道1号線のことは『ニコク』と呼ぶんです」
それは、もともと明治時代に国道を制定した時に、旧東海道にほぼ沿っている現在の国道15号線を「国道1号線」としたことに由来する。ちなみに、現在の国道1号線は、京浜工業地帯の発展に伴い交通量が増えたために作られた言わば「バイパス」だったのだ。国道15号線のことを第一京浜国道、国道1号線のことを第二京浜国道という呼び名は現在でも通称名として残っている。



道は迷ってから調べる・・・「先手必勝」よりも「風まかせ」


イチコクを渡ると、ところどころに町工場のある住宅地となる。
「この道を走っていこうか、それとも。。。」
と考えながら、その日の気分で、まさに散歩をするように町の中を巡る。その日の気分で道を選んで走るところは、まさに「散走」。
「この道を曲がったら、いつもの道に出るんじゃないの?」
などと話をしながら交差点を右に左に曲がりながら進む。

かなり適当に走っていると、ちょっと見覚えのないところに出てきたらしい。そこへきて初めて二人がバッグの中から四角いケースを取り出す。ケースの中にはiPad。地図を開いて場所を確認する。



そういえば、二人の自転車はハンドル周りがスッキリしている。

「ハンドルにスマホやナビを取り付けて、それに縛られて走る必要はないよね」
というところが、散走ならではの「自由さ」を生み出すようだ。

そうして「工場と住宅」エリアを通り過ぎると正面に橋が見えてきた。左手に人口の砂浜「大森ふるさとの浜辺公園」を見ながら運河を渡ると、今度は倉庫街。その中を首都高速湾岸線が横切っている。高速をくぐると海に向かって真っすぐに伸びる道。



道の正面に時折轟音と共に現れる大きな飛行機。そして今回の目的地「京浜島つばさ公園」に到着。火気厳禁、もしくは限られた狭いスペースでのみ火が使える公園が多いなかで、ここは運河沿いに広がる見晴らしの良い芝生全面が「バーベーキューエリア」という太っ腹な設計。運河を挟んだ向かいは羽田空港。道理で目の前を飛行機が低く大きく飛んで行っていたわけだ。


空港の見える公園で淹れる、贅沢なコーヒー・・・五感に響く「散走」


テーブルのあるあずまやには先客がいたので、海に面したベンチに陣取り準備開始。
ご主人の自転車に取り付けられたパニアバッグからいろいろな道具が出てくる。
水を温めるのに使うのはアルコールランプ。
「燃料を手に入れるのも楽だから」
というご主人。シュゴォーーーと勇ましい音を立てるガスのストーブよりも、ゆらゆらと揺らめく炎でじわじわと水を温めるアルコールランプの方が、この散走の空気には似合っている。しかし、運河に沿って吹く風が強く、炎がユラユラと揺れる。これでは湯が沸かないのでは?
「だから、これが無いと困るんです」
と手にした銅色の物体を広げるとこれが風除け。



アルコールランプをグレーチング(金属の溝蓋)の上に置いて、風除けで周りを囲むと、風を除けつつ換気もできる。
「最初のころは、火がまったく点かなくて苦労したんです。二人で必死になって火を囲んだんですけどねぇ」
と苦笑いしながら思い出話に花が咲く。
お湯を沸かしている間に、豆を挽く。ガーリガーリという音が耳に心地よい。時折、羽田空港へ着陸するジェット機の音が響く。フィルターをセットして挽いた豆を入れ、沸いたお湯をポツポツと少しずつ落としていくと、微かにコーヒーの香りが、風に吹かれてあたりに広がっていく。



パンを口に頬張り、コーヒーを啜る。パンの香ばしさ、コーヒーのほろ苦さが口の中に広がる。
五感を全て使って楽しむ、なんて贅沢な週末の朝食なんだろう。

この公園を見つけるまでは、小林さんもポットにコーヒーを入れて走って朝食を食べていたらしい。もちろんそれだって十分に贅沢なのだが、ポットからコーヒーを注いで飲むのとは違う、ゆったりとした時間が流れている。

「でも、冬はポットを持っていくんです。冬はコーヒーをドリップすると冷えてしまって。冬こそ温かいコーヒーを飲みたいのにね」
そういう臨機応変なところも「散走」だ。

近影

小林 彩子
こばやし・あやこ
グラフィックデザイナー、アロマセラピスト
デザイン事務所&アロマテラピースペース「flavour」主宰
デザインの仕事でアロマテラピー関連の書籍の装丁に携わったのをきっかけに、2015年にAEAJ認定アロマセラピストの資格を取得。現在は書籍・雑誌・広告などのデザイン業と並行して、アロマテラピー講座の講師や執筆活動を行っている。

Photo:Tadashi NAKAMURA 取材協力:Boulangerie Bonheur 梅屋敷店(03-6912-2590)

  • 前へ
  • 私の散走一覧へ
  • 次へ
  • 散走カレンダー
  • 散走MOVIE
  • 散走スタイル
  • 私の散走
ツール・ド・フランスへ メールマガジン登録・解除 pageTop