OVE

新しい価値を創る茶道家 久保比登美さん

お茶はすべてを受け入れる

お茶と自転車を組み合わせた「野点散走」を実現させたい、とOVEから相談を受けたとき、久保さんは「来たぞ。これは楽しんじゃおう!」と思ったそうです。自転車という、普段は接点のない世界とのコラボレーション。「どうしよう」と悩むところですが、その試行錯誤をも、久保さんは楽しもうというのです。なぜなら、「お茶はすべてを受け入れられるものだから」。この言葉は、これまでお茶に接する機会のなかった人や、「敬して遠ざける」意識を持っていた人にも、お茶を理解する大きなヒントになりそうです。


「お茶は総合文化といわれる通り、花鳥風月や陰陽五行といった自然に属することから、季節の行事など人の営みまで、場合によっては(OVEお茶会×フレンチスタイルのように)フランス文化まで採り入れることができます。私自身、その『いかようにもできる』というところにお茶の最大の魅力を感じます」。


もちろんお茶には覚えるべき基本や、守るべき礼儀作法が厳然として存在します。そして部外者はこの"堅苦しそうな"部分にだけ目を留めがちです。ところが伝統的なお茶会であっても、招いたお客さまをいかにもてなし、くつろいでもらうかを念頭に置き、たとえば相手の人柄や体調に合わせて対応や「しつらえ」を変えていくといった自由さも息づいているといいます。「自分自身もいかようにも変化できる力量をつける、いわば人間力をつけるということでしょうか。そこにお茶の魅力があると、私は考えています」。




では、臨機応変に場に対応しながら、理に適った美しい振る舞いを相手に見せることがお茶の神髄と考えてよいのでしょうか。


「突き詰めると『美』に至るという部分は確かにありますが、私が考えるお茶の根幹は、『一人ではできない』ということなんです。目の前にいるお客さまをもてなすときに『一緒にいる』、または『共有する』という感覚でしょうか。そのためのもてなしであり、お料理であり、お茶であり茶道具である、ということなのかなと」。


これはレストランの「サービスする人と、それを受ける客」の関係とは異なり、「一緒に創り上げていく関係」と久保さんは言います。
「だからこそ招かれる側にも『客ぶり』といって、それを受け入れる力が必要になってくるんですね」。


なるほど、だんだんイメージが描けてきました。お茶を媒介に行われることは、もてなす側(亭主)ともてなされる側(客)の間で行われる「善きこと」のやりとり、いってみれば音楽のセッションのようなものでしょうか。


「はい、その通りです(笑)。そのようにして良い人間関係を築いて発展させていくということです。そのためのツールが、私の場合はたまたまお茶だったということですね」。


では、その"セッション"の最中に、相手が想像とは違うことをしてきたら……?


「乗ってさしあげます! 私はそれに乗ります(笑)。だから『失敗』はなし。というより、失敗も良いきっかけととらえましょうということなんです。そういう一瞬一瞬を経て、『また会える』という関係性をその場で創っていきたいと思っています」。


これで「野点散走」の話にもつながりました。お茶がもともと秘めているオープンさと積極性を体現したような久保さんだからこそ、お茶と自転車のような思わぬ出会いに対しても「やるぞ!」という姿勢で臨むことができるのです。




考えてみれば、お茶の先生に対して「お茶の神髄は? 根幹は?」などと、なかなか尋ねられるものではないでしょう。それを受け入れてくれたのも、久保さん自身のオープンさ、懐の広さと深さによるものだと思います。

久保さんが15歳のときに入門した最初の先生は明治生まれの、弟子を自由に振る舞わせながら何かをしっかり伝えてくれるタイプの女性だったそうです。この出会いをきっかけに久保さんは、お茶という「知らない世界」に惹かれるままやってきて、現在は自らお弟子さんを指導する立場になりました。

今、久保さんは主宰する稽古場「一二三会」での指導のほかに、能の武田友志さん(観世流)とともに日本文化を知る入り口としての「能茶会」を開催するなど、各種の催しも積極的に行っています。また今後OVEでは「野点散走」のほかに、より気軽にお茶を体験できる「テーブル茶会」の開催も視野に入れていきたいということ。

ぜひ久保さんのお点前を体験して、その奥にあるお茶の世界の深遠を覗いてみてください。

近影

くぼ・ひとみ
1971年、兵庫県生まれ。短期大学卒業。15歳で茶道に出会い、裏千家学園茶道専門学校で修業する。現在は東京・護国寺で稽古場「一二三会」を主宰し、日常の暮らしに茶道の豊かさを取り入れ、日々を大切に暮らす茶道を伝える。未経験者を対象にした体験茶会の主催や、観世流の武田友志氏とともに「能茶会」を開催するなど他分野とのコラボレーションも積極的に展開。茶道裏千家助教授。

Photo:GOTO AKI

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