OVE

挑戦し続ける演奏家 石川周之介さん

あえて飛び込んだディープなアメリカ

意外なことに、プロミュージシャンとしての石川さんの人生は、ある苦い経験から始まっています。それは音楽漬けの学生生活をいったん終えて就職し、サラリーマンをしていたときのこと。「バーナード・パーディさん(ジャズ/R&B界のトップに君臨するアメリカの黒人ドラマー)が来日したとき、彼のセッションに飛び入りして、そこで見事に"大敗"してしまったんです」。


学生ジャズ界で最強といわれる「明治大学ビッグサウンズソサエティー」で腕を磨いた石川さんでしたが、その夜の白熱した演奏には、なぜかついていくことができませんでした。パーディ氏とは旧知の仲だったにもかかわらず、「お前はもうやめておけ」と言われるほど。セッションは生き物ですから、うまくいくときもあれば、いかないときもあります。しかし「それにしてもまったくダメでした」と石川さんは言います。「本当に大恥をかいてしまって。そのとき何となく『海外に出たほうがいいんだろうな』と思ったんです」。これが、自分の音楽を追い求める石川さんの旅の始まりでした。


サラリーマンを辞めて日本を飛び出した石川さんは、アメリカ南部のニューオリンズに赴き、公立大学の音楽科に入学します。ニューオリンズは、ジャズやR&Bなどの黒人音楽が誕生し発展してきた、最もディープなエリア。いってみれば、あの夜に石川さんが大敗を喫した相手の"本拠地"に飛び込んだようなものでした。「土臭い音楽が好きだったので。ニューオリンズではブラスバンドをやったり、ミーターズという有名なバンドのドラマーに誘ってもらったり、いろいろな経験をしました」。経験を積んだ石川さんは、もうあの夜の石川さんではなくなっていました。その一方、生活面では治安の悪さや、高い学費などに悩まされてもいました。特に経済問題は徐々に深刻になり、石川さんは「日本へ帰るしかないかな」とも考え始めます。


そんな矢先、石川さんはオランダからの交換留学生と出会って意気投合。それをきっかけに、オランダ行きの切符を手にします。これが石川さんの、本当の意味での転機になりました。



「熱いけどクール」なスタイルを発見

これまで常に、自分の音色やサックスという楽器との向き合い方を模索していた石川さんは、オランダのロッテルダム音楽院に入学したことで、はからずも、そのオリジナリティを存分に磨く場を得ました。初めて訪れたヨーロッパの水は、石川さんにぴったり合っていたのです。


「インターナショナルなヨーロッパでは、国民性はほとんど関係がありません。問題はその音楽を『できるか、できないか』だけなんです。そういう環境に恵まれたことで、日本人の僕も自然なスタンスで音楽に接することができるようになった気がします」。 高度にローカライズされたアメリカの音楽を追い求めた末に、そこから飛び出すことで得たインターナショナルな視点。これが現在の石川さんのベースとなっています。どこかに土の匂いが残るアメリカのジャズに比べて、よりニュートラルでアカデミックに響く石川さんの音楽は、こうして誕生しました。


「よく『熱い演奏』といいますが、オランダの『熱さ』は日本でのそれに比べて"軸がブレない"というか、『熱いけどクール』な感覚です。オランダ生活をきっかけにつかんだ、その感覚が僕の演奏の特徴になっていると思います」。




現在は帰国し、日本でのプロ活動を精力的に行なっている石川さん。演奏を通じて、聴く人たちに届けたいものは何でしょうか。


「演奏家としては、さまざまなシチュエーションに対応できるスキルを身につけて、その成果をお聴かせしたいと考えています。一方、アーティストとして表現したいこととしては、まずサックスの音色を伝えたい。これは人の『声』にあたる部分です。僕はサックスという楽器で歌を歌ったり、リズムを出したりすることから、尺八の世界を創り出す、ノイズを出すといったことまで、さまざまな表現をします。その音を通じて石川周之介という人間を伝えたいという思いはあります」。


もうひとつ、さらにマルチな展開も石川さんは見据えています。


「サポート活動では、求められたパフォーマンスをできるように心がけていますが、僕自身のライヴではさまざまなテーマで実験的な試みを行っています。将来的にはバンドという概念を逸脱して、劇団のようなエンターテインメント集団を結成したいという夢があります。ライヴではいつも、自分のできる最高の演奏を心がけています。日常とは違う特別な時間をクリエイトして、来てくださった方に楽しんでいただきたいという思いを強く持っています」。


石川さんは今後、青木カレンさんや中塚武さんといった注目アーティストのサポートや、バリトンサックスだけの大所帯バンド「東京中低域」での活動を続けながら、いよいよソロ名義のアルバム制作にも取りかかる予定とのこと。ぜひCDで、ステージやライブハウスで、そしてOVEのイベントで、石川さんの音楽に接してみてください。

近影

いしかわ・しゅうのすけ
明治大学ビッグサウンズソサエティー出身。2000年より7年間、海外留学。ニューオリンズ大学(アメリカ)音楽科在籍、ロッテルダム音楽院(オランダ)ジャズ科卒業。同音楽院在学中は「ノースシージャズフェスティバル」に3年連続出演。現在は日本に活動の基盤を移し、都内を中心に活動中。vice versa、中塚武、青木カレンといったさまざまなアーティストのサポートも行っている。「東京中低域」に在籍。

Photo:GOTO AKI

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