OVE

インテリアデザイナー 関 洋さん


まずは関さんの生い立ちから聞きましょう。
東京の山の手あたりの育ちに違いない……と思っていたのですが、意外な答えが返ってきました。

「僕は伊豆の海と山に囲まれた田舎で生まれ育ちました。どこにでもあるような家庭でしたが、漁師だった父親は器用に物事をこなし、看護師だった母親は清潔を心がけていました。今思えば、田舎にしてはシンプルに暮らしていたような気がします」

子供の頃に与えられた自室は4畳ほどの狭いものでしたが、好きな絵を描いたり音楽を聴いたりするために、自分なりに工夫して楽しく暮らしていたといいます。現在のキーワードの一つである「暮らし」のルーツが垣間見えるようです。

その一方で関さんには、華々しい商業デザインの世界にどっぷりと浸かった時期があります。それは高校の先生に勧められて進学した建築・インテリアのデザイン設計の専門学校に始まり、インテリアデザイン事務所で働いていた頃のこと。日本が未曽有の好景気からバブル経済へと至る、あの輝くような時代の話です。

「学生時代から、とにかく東京で見聞きするものすべてが刺激的でした。田舎者で世間知らずな分、体感した物事をどんどん自分の中に溜めていくことができたのかもしれませんね。そしてインテリアデザイナーという道を知り、そこに夢を持ちました」

「卒業後は、店舗のデザイン設計を中心としたインテリアデザイン事務所に就職し、好景気の中、飲食店や全国の百貨店のブティックなどの仕事に携わりました」
ところが無我夢中に仕事をするうちに、関さんの中に何かが芽生えます。
「商業ベースのスピードとパワーでスクラップ&ビルドを繰り返すことに、何か虚しさのような違和感を感じて……」

そして「新たなデザインの価値」を学ぶために関さんは、インテリアデザイナーの真保毅さんのアシスタントを務めます。

「面接は、今でも覚えていますが、青山の工事中のブティックの上にあるカフェでした。押しかけたようなものです(笑)。そこで修行をするつもりで、『ゼロからデザインを学ばさせてください!』と頼み込みました。デザイナーになりたいという思いから、必死というか、貪欲というか、無鉄砲というか(笑)」




「バブルの真っ只中、アシスタントとしてブティック、オフィス、住宅、イベントの会場構成の他、変わった物件だとヨットのインテリアデザインなどにも関わらせていただきましたよ。良い意味でも悪い意味でも勢いのある時代に、さまざまな物事を体験できたことは財産になっています。おかげさまで、今この時代を客観的に見ることができるようになりましたから。独立するまでの4年間は、クライアント、メーカー、施工業者の方々にも恵まれ、デザインの意味、役割、責任、そしてデザイナーとしての姿勢を学んだ尊い時間でした」

この経験と人脈のもと、関さんは28歳で独立します。個人のインテリアデザイナーとして勢力的に活動し、やがて家庭を持ち、子供もできました。

そして関さんの中で、再び何かが動き出します。その何かとは、仕事と生活の関係に端を発するものでした。

「店舗や住宅も、暮らしの流れにあって人に影響を与えるものです。その企業やその人自身のアイデンティティを、もっと自分の内なる軸でクリエイトしたいと思い、考えるうちに自分自身の生活に行き着きました。そこで35歳の頃に、自分たちらしいライフスタイルを具現化するため、すごく無茶して、中古マンションを住居兼アトリエとしてリノベーションしました」

「ワンルームに配したリビング・ダイニング・キッチンは、伊豆の海の砂浜をイメージした左官仕上げの壁に覆われています。記憶や想いをインテリアに宿すことで、家に愛着が湧きます。実はOVE南青山の壁面も、同様の左官仕上げです。OVEのテーマである『住宅のような心地よさ』を表現するためにぴったりの素材でした」

「我が家のドアにはドアハンドルがありません。隙間に指を掛けて開け閉めします。自分たちにとっての機能美を追求した結果ともいえるかな? こんな些細なものごとの考えや表現から、その人らしさを感じられるものかもしれませんね」

自らリノベートしたこの住居兼アトリエが、関さんの仕事の幅をさらに広げる役割を果たしました。そのインテリアデザインやライフスタイルが、さまざまなメディアに取り上げられたのです。

「それをきっかけに、企業相手の店舗の仕事と並んで、個人相手の住宅の仕事がすごく増えました。同時に、産地メーカーとの家具の開発など、作家さんとのものづくりの仕事の幅も広がってきました。今では家具ブランド『kitoki』、オリジナルブランド『素のもの』の商品をOVE南青山でも扱っていただいています」

「店舗、住宅、家具……。明らかにその目的と存在価値は違いますが、そのメーカーらしさやその人らしさをデザインするという意味では、違いはないと思っています。デザイナーは必要とされる場や物をデザインし、物質的な満足だけでなく、精神的な充足を与えることが役目だと思います。また、それがデザインの醍醐味だと実感もしています」

こうして関さんは、バブル経済が終焉を迎えて人々が足元の生活を意識し始めたタイミングで、生まれ育った故郷と東京での生活に目を向けながら「暮らし」に関わる仕事を生業にしたのです。

関さんがデザインした店舗、住宅、家具などは、「SEKI DESIGN STUDIO」のWebページで見ることができます。

SEKI DESIGN STUDIO 本サイト:http://www.sekidesignstudio.jp
オリジナルブランド 素のもの :http://www.so-nomono.jp




最後に、2012年11月に大阪・中之島にオープンする2号店「OVE中之島」ついて、インテリアデザインを手がけた関さん自身にお店の特長を教えてもらいましょう。

「OVE中之島はOVE南青山の約3分の1の広さですが、大阪の自転車文化発信地として、自転車を通じて日々の暮らしの見識を高めたり、未知の文化を実体験したりできる、豊かなライフスタイルを提案するための仕掛けが凝縮した新感覚のスペースです」

「OVE南青山とOVE中之島のショップコンセプトは同じですが、当然、場所も広さも違うので、インテリアデザインのコンセプトも異なります。OVE中之島のインテリアデザインのコンセプトは、ひと言でいうと『自転車のある暮らしをサポートするプラットホーム』です」

「インテリアの床と壁は、ダイナミックな木目と落ち着いた色味のウォールナットで覆われています。大地と大木に守られているような安心感と自然感を体感してもらえると思います。また壁面は“機能する壁”としてハンギングレールを埋め込みました。このシステムを用いることで、通常のディスプレイだけでなく、博物館やギャラリーのような展示も可能です。展示やイベントで活躍してくれることと思います」

「中央の白い幕が張られたボックス天井は、空間と照明と映像と音響をリンクさせるための装置です。ウォールナットと、肌触りのよいオイルレザーの上質なラウンジチェアに身を任せ、さりげなく感覚を刺激する照明と映像と音響に包み込まれながら、自転車にまつわる書籍を読んだり、ソフトな光でライトアップされた自転車や商品を眺めたり……」

「人の感性を追求するOVEの理念を、インテリアデザインを構成するさまざまな要素に反映したことで、OVEが大切にしている、かけがえのない『モノとコト』に気付いたり、出会えていただけたらうれしいです」

きっとOVE中之島を訪れた人は、特別な空気感で満たされた空間で「自転車のある生活」の魅力を体感できることでしょう。

近影

せき・ひろし
インテリアデザイナー。1966年静岡県生まれ。1987年中央工学校建築室内設計科卒業。インテリアデザイナー・真保毅氏に師事した後、「セキデザインスタジオ」設立。店舗、住宅、家具など、暮らしに関わる空間と道具のデザインを手がける。オリジナルブランド「素のもの」の企画販売も行っている。

2001年「ヨーガンレール広島店」JCDデザイン賞入選
2004年「M-house」あたたかな住空間コンペティション入選
2005年「T&M-house」あたたかな住空間コンペティション入選
2006年「Christmas Chakai」JCDデザインアワード銀賞
2006年「Sakura Hajimete Hiraku Chakai」JCDデザインアワード入選
2011年「VIEW OF INDIGO HOUSE」全国カタログ・ポスター展金賞
2012年「I-house」住まいの環境デザイン・アワード入賞

Photo:Mana Kikuta

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