OVE

新たな可能性を探究し続ける漆デザインプロデューサー


木を素地として使い、漆を塗る漆器は古くから日本独自の器として使われてきました。とくに輪島塗漆器は伝統工芸品として全国に知らない人はいないほど有名です。ただし、実際に使っている人、持っている人となると…そんな漆を代々伝わる技術を活かしながら、いまの暮らしの中で使いたくなる「プロダクト」として、新しい可能性を探究し続けているのが、輪島キリモト代表の桐本泰一さん、その人です。
※参考:桐本家は1700年代から輪島塗の塗りに携わり、桐本泰一の祖父が昭和4年に桐本木工所を創業。桐本泰一で約200年以上、七代わたって、木と漆に携わっています。
一人でも多くの人に「漆」の良さを知ってもらいたいと、日々、活動する桐本さんですが、意外なことに、北陸新幹線の開通はあまりチャンスだとは思っていないそうです。

「単純に、能登半島にある輪島は金沢から離れているという距離の問題もありますし、ブームは一過性のものです。私がめざしているのは、漆の本質を理解してもらい、もっと食卓や日常の中で気軽に使える輪島塗なのです」。

輪島の漆器は知っていても、普段使いをしないのには、実は理由があります。それは、高度経済成長期にかけて“高級工芸品”として百貨店の催事などで販売され、ハレの日にだけそっと出してくる…そういった時代が長く続いていたからなのです。団塊の世代やそれより以上の世代の人には、「価格が高い」「手入れが難しく扱いにくい」といった間違ったイメージがいまでも残っています。そんな誤解を解くために、いわゆる漆製品や輪島塗のイメージを覆す、コーヒーカップや名刺入れを誕生させました。とくに名刺入れは、少しくらい粗っぽく扱っても傷つきません。いまは技法も進化し、丈夫なのです。こういったこともしっかりと発信することも、桐本さんの大切な役割でもあるのです。

漆の可能性を探究し、次々とこれまでにない製品を生み出していく桐本さん。その斬新なアイデアや自由な発想はどこから生まれてくるのでしょうか。その原点をお伺いしてみました。




桐本さんは、生まれも育ちも漆塗で有名な石川県輪島市。1700年代に塗師屋としてはじまった桐本家は、昭和に入り祖父・久幸が木地屋を創業、父・俊兵衛が継ぎ、現在泰一さんが木と漆の創作工房を創設、漆や漆器が生活の一部のような環境で育ちました。幼い頃は祖父や父が働く工房を遊び場にしていたそうで、「幼稚園や小学校から帰ると工房に行き、職人の皆さんが作業をする中で遊んでいましたね。その頃はなぜかおがくずが好きで、はまっていました(笑)」と当時を振り返る桐本さん。やはり、モノづくりを間近で見続けていた影響は大きかったようです。

「実は、一度も『家業を継げ』と言われたことはありません。家業とは関係なく、中学生の頃に何かモノづくりの仕事に携わりたいと漠然と思ったのが、この世界に入るきっかけですね」。

モノづくりの魅力を感じ続けてきた桐本少年は、高校生のときに毎週日曜日、金沢のデッサン教室に通い、美大進学をめざします。結局、工業デザインを学べる大学へ進学することになりましたが、実はここで桐本さんのいまを方向づける出会いが待っていたのです。

大学入学後、最初の頃に受けた「デザイン」の授業に衝撃を受けます。それは、“デザインとはいまの暮らしをより気持ちよく快適にするためのもの”という教授の教え。ただカッコイイだけで誰も使わないものはアートであり、決して、デザインでなければ、プロダクトでもない。いまの暮らしや人に役立つモノ、そう考えたときに「漆」で何ができるのかを考え始めるのです。

確かに桐本さんは、高校を卒業し、職人になるという一般的な道のりを歩んでいるわけではありません。でも、大学でデザインを学び、一般企業に就職し設計に携わるという、さまざまな世界を知るからこそ、伝統工芸である輪島塗に新たな価値を創造することができたのかもしれません。




「漆には、そこにあるだけで和む不思議なチカラがあります。手に触れたときの優しい感触や安らぎは、器に限らず空間の佇まいさえも変えてしまうのです」。そう語る桐本さんは、ご自身が一番の漆製品のファンでもあります。「制作したこだわりの漆製品は、人に手渡すのがもったいないと思ってしまうんですよね(笑)」と笑顔で語る桐本さんから、好きだからこそ真摯に向き合うことができ、つねに考え続けることができるのだなと感じます。

そんな桐本さんが創作する漆製品は、器や身近なモノだけでなく、新たな展開をみせています。例えば、某有名ホテルの寿司屋やチョコレートショップで店舗などの内装の一部として使われている、巨大な漆のカウンター。これ以外にも、さまざまなクリエイターや企業とコラボレーションし、その活動は多方面に広がりをみせています。

「OVEも自転車を起点にして、食や文化、街など、いろいろなコトやモノとつながっています。その繋がりがとても心地よく、意味があることだと思うんです。まだまだですが、いつか輪島塗もそんな価値を紡ぐ存在になり、人々の共感を得られたらいいと思っています」。

最後にこんな言葉を残してくれました…
「伝統は守るものでも、壊すものでもありません。その本質や価値をいまと照らし合わせ、革新にチャレンジしながら次代へと継いでいくことが大切なのです」。

固定観念に縛られず、モノの本質を捉え次代に継いでいく。いまを生きる私たちが未来へと歩んでいくために必要なことを教えてくれる、そんな桐本さんの漆製品を、目で見て、手に触れて直に感じて欲しいと思います。


近影

きりもと・たいいち
1962年輪島市生まれ。85年筑波大学芸術専門学群生産デザインコース卒業、コクヨ(株)意匠設計部を経て、87年家業の桐本木工所入社。同年代の職人たちともネットワークを組み、今の暮らしの中で使うことが出来る漆の器、インテリア小物、家具、建築内素材など、幅広い創作活動を行う。また、個展・企画にて漆関係のトークショー、セミナーを開催。大学、高校などでは、モノを創作する立場からの街育て講義なども行っている。2015年2月先代の死去後、商号を輪島キリモトに。

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