OVE

日常を追求する、ハンドメイドバッグ作家 野口千絵さん


自転車に乗るときの必須アイテムの一つでもあるバッグ。カタチや用途など、どれを選ぶか意外と難しいのも事実です。ショルダーバッグ、トートバッグ、リュックなどなど…。そんな、サイクリストが直面するバッグ問題に一つの答えを出してくれたのが、京都「Cosset-Bags(コゼバッグ)」の野口千絵さんが作るバッグです。その基本形はメッセンジャーバッグ。自転車で都会を駆け抜けるバイクメッセンジャーたちが斜めがけにしている、あのバッグです。

「うちのバッグをひと言でいうと、『普段使いのできる、軽いメッセンジャーバッグ』でしょうか。本来、メッセンジャーバッグはかなりプロ仕様で男っぽいもの。バイクメッセンジャーはどんな悪天候の中でも走らなくてはならないので、補強に補強を重ねるなど耐久性を重視します。でも一般的な街乗りで使うならそこまでする必要はありません。ですから私が作るメッセンジャーバッグは、適度にスペックダウンしています」

スペックダウン…と聞くと、どこか頼りない印象を受けますがそんなことは全くありません。普段使いでも雨に降られたときにはバッグの中身が濡れないこと、さらには自転車特有の前傾姿勢の際に動きを妨げないことなど、メッセンジャーバッグの最大のポイントとなる防水性と、ショルダーベルトの長さをアジャストできるバックルの機能性はしっかりと残しています。その上で、軽量化している、というのが一番の特徴です。

「基本的に、普通の人が普段使うのに十分なスペックで作っています。もちろん、ヘビーな仕様にしてほしいと言われればヘビーに作ることもできますよ」

そう、実は野口さんのバッグは原則的にフルオーダーメイドで、作り手は野口さん一人です。京都の自宅兼アトリエに顧客を迎え、商品サンプルと生地や糸の見本を見ながら顧客の好みのバッグを受注するのが基本スタイル。使う人の希望を実現するのが野口さんの「Cosset-Bags」なのです。




いまから約8年前、2006年頃にスポーツ自転車が爆発的に普及しました。それまで自転車に縁のなかった人たちがクロスバイクやロードバイクに乗り始めました。しかし、当時はウエアやバッグなど周辺アイテムの選択の幅が狭く、自転車ショップにはプロ仕様のメッセンジャーバッグなど、コアな商品しか並んでいませんでした。「それも悪くはないけど、自分のスタイルにはちょっと違う」と感じる多くのユーザーにとって、野口さんの「Cosset-Bags」は本当に欲しいものをこまやかに実現してくれる、ようやく見つけた答えだったのです。

「ショルダーベルトも右かけの人と左かけの人がいますし、できるだけ身体に添うように作っています。把手のあるトートバッグにメッセンジャーバッグのベルトとバックルを付けたもので、フラップがないため開けるときにマジックテープのバリバリという音がしません。だから電車の中でも気兼ねなく開け閉めができます。やっぱり自転車を降りたときに使いやすいものがいいかなと」

これこそが、従来のブランドにはない生活に寄り添う発想です。カラーも見本を見ながら自由に選べ、大量生産品とはひと味違う、自分だけのバッグが作れます。もちろん、サンプルの色や仕様が気に入ったらそれを購入することもできるのです。

「色使いも自由ですが、あまり色を使いすぎると着る洋服に制限が出てくる場合もあります。それを考えて単色のバッグをオーダーする方もいらっしゃいますよ。私自身はわりと地味な色が好きなので、サンプルの在庫は色に関しては控えめのものが多いですね」

お客さまの3〜4割が女性だという「Cosset-Bags」。女性のお客さまからは『こんなバッグが欲しかった』という嬉しい声が聞こえてくるなど、自転車用バッグという枠を越えて純粋に鞄好きの方にも支持される、おしゃれなアイテムとしても認知されているようです。

また、防水生地の「ターポリン」など、余ったハギレで作るレジャーシートや財布、小物入れなども隠れた人気商品だそうです。自転車用バッグと小物をおそろいにできるというのも、実に生活感覚のツボを突いています。では、そもそも野口さんはどのようにして「Cosset-Bags」を生み出すに至ったのでしょうか。ご自身のバックグラウンドや考え方をうかがってみましょう。




野口さんの原点は、その容姿からは想像もつかない「トライアスロン」です。京都の大学時代にトライアスロンを始めて、そのときがスポーツ自転車初体験だったという野口さん。もともとスポーツ好きで高校時代は水泳部。しかし、自転車はいわゆるママチャリだけしか乗ったことがなかったんだそうです。

「初めてロードバイクに乗ったきっかけがトライアスロンというのも珍しいかもしれませんが、そもそも初のフルマラソンがトライアスロンだったんですよ。そっちのほうが、我ながらどうかしていると思いますね(笑)」

「なにしろトライアスロンではフルマラソンをスタートする時点で、すでに自転車に160キロ乗っているという(笑)。あれは我慢大会です。泣きながら走りました。でもゴールしてみたら『やればできるんやな』と思いました。立ち止まりさえしなければ、たとえ一歩一歩でも前には進むんです」

そんな「やればできる」の精神は、その後の仕事にもつながっていきます。大学在学中に出会ったのがバイクメッセンジャーという仕事。広い京都市内を一日中走りすごく楽しかったという思い出を懐かしそうに語っていただきましたが、そのとき心に浮かんだのが「メッセンジャーバッグを作ろう」というアイデアでした。野口さんは大学卒業後も3年ほど、京都でメッセンジャーを専業とする生活を送りますが、一念発起で東京のバッグメーカーに就職します。そこで身につけたのがメッセンジャーバッグづくりのノウハウでした。

「そもそもバッグを作ろうと思ったのは純粋な興味からでした。作りたい気持ちがあって、作れる環境にご縁があったので、それじゃ東京に行ってみようと。最初から作りたくてアパレル系の専門学校に通う人もいますけど、私の場合は自分の思いに正直に突き進んだという感じかも知れません」

アパレルやデザインの勉強はしたことがなくても、野口さんにはプロのメッセンジャーとして働いた経験と、プロのメッセンジャーのためのバッグを作った経験がありました。つまり一般の人が使いやすいよう、メッセンジャーバッグをスペックダウンする勘どころを熟知していたわけです。バッグメーカーから独立した野口さんは、東京の千駄木に最初のアトリエを構えます。路地の奥の小さな古民家で営まれている古美術店「古美術 上田」の2階に間借りするところから「Cosset-Bags」は始まったのでした。

「こちらの上田さんは、京都で一緒にメッセンジャーをしていたお友達なんです。そこに工業用ミシンを持って転がり込んで。よく重さで床が抜けなかったものだと思います(笑)。ミシンも、バッグメーカーに勤めていたときの同僚の私物を譲ってもらったものですから、本当にご縁だらけでここまで来てますね」

謙遜する野口さんですが、千駄木を含むいわゆる「谷根千」エリアは靴や革小物、雑貨などの小さな工房が多く、若い人たちの注目が集まる場所です。自転車をライフスタイルに取り入れたいと考える感度の高い人たちが「Cosset-Bags」を“発見”するのに時間はかかりませんでした。オリジナリティと縁とタイミングがうまくリンクし、「Cosset-Bags」はすぐに軌道に乗り始めます。そして1年後、野口さんは学生時代を過ごした第二の故郷でもある京都に本拠を移し、現在に至るのです。




野口さんは今、自転車メーカー勤務のご主人と長女の杜羽(とうわ)ちゃん(1歳)と京都で暮らしながらバッグを作っています。一方で、アトリエで顧客と体面し、受注するというスタイルはずっと同じです。

「予約していただき、アトリエにお越しいただいています。予約制の受注生産なんてずいぶん“上から”だと自分でも思いますが(笑)、オーダーの楽しみも味わっていただきたいので。通常は納期1か月でお受けしています。ご注文いただいた季節のうちに手にしていただきたいから。ただ、今はこの人(杜羽ちゃん)の世話に一日の大半をとられてしまうので、少しお待たせしてしまうかもしれません」

京都はバイクメッセンジャーが古くから活躍していたり、山が近いためマウンテンバイクを楽しむ人が多かったり、また「京都サイクリングツアープロジェクト(KCTP)」や「ベロタクシー」など一般向けの自転車サービスがいち早く誕生したりと、独自の自転車文化が花開いている都市です。そこに腰を落ち着けて5年。野口さんは今日もミシンを動かし、バッグを作ります。「Cosset-Bags」はますます自転車ライフに密着したバッグとして存在感を増していくことでしょう。そして、本来であれば対面受注であるにも関わらず、OVEでの間接的なオーダーが可能になったのも、何か不思議なご縁を感じます。他にはない自分だけの自転車バッグが欲しいと思っていた方々、野口さんのバッグをOVEで手にとってみてはいかがでしょうか。


近影

のぐち・ちえ
1980年生まれの34歳。1999年、大学進学のため京都へ。大学でトライアスロンを始める。在学中より2007年までメッセンジャーとして京都の街を走り、その後に上京してバッグ作りに携わる。2009年、東京・千駄木にて「Cosset-Bags」を始める。2010年、京都に移住、そして結婚。2013年、長女を出産。趣味は自転車で出かけ自然を楽しむこと。バードウォッチング、羽根拾い。
http://cosset-bags.jp/

Photo:GOTO AKI

  • 前へ
  • この人と逢いたい一覧へ
  • 次へ
ツール・ド・フランスへ メールマガジン登録・解除 pageTop