OVE

ブログでつづるTour de OVE

ツール・ド・フランスが好きな町…選手はポーで4連泊

UP

ポーの町並みに熱い日差しが降り注ぐ


パリに続いてこの大会が訪れる回数が多いのがポー。パリはおそらくその郊外発着を含めて105回だが、ポーは今回で70回目だという。冬でも温暖で、避暑地の反対の避寒地として知られる。ピレネーのツールマレー峠やオービスク峠へのアクセスがいいので、選手や関係者はこの町に連泊することが多い。近隣にゴールしたときでも宿泊地はポーだ。貴重な休息日を過ごすこともしばしばある。今回は第18ステージ終了後にポーとその近郊のホテルに入り、最終日の午前までなんと4連泊する。

自治体が裕福で、大会協力金を惜しまないことがポーを拠点とする理由だ。サルドプレスは中心地からほど近い公園内の劇場。むき出しの板張りホールにテーブルが並べられ、ボクたちがパソコンを打つシゴト場として提供される。もう20回以上この劇場に来ているのでGPSに頼らなくてもアクセスできるが、ここで観劇したことは幸か不幸か1回もない。そしてこの公園のまわりの道路は縁石が白と赤に塗装されているのだが、フォーミュラカーの市街地サーキットにもなるようだ。


ゴールとサルドプレスはかなり離れているのでインタビューは遠隔操作だ


ピレネーの山岳ステージの拠点となるポー。ツール・ド・フランスの歴史の中で伝説的なエピソードが多いのもこのピレネーだ。フロントフォークを折った選手が自転車を担いで峠を下り、村の鍛冶屋に飛び込んで修理したとか。ベルナール・イノーとグレッグ・レモンの確執が表面化したのもここ。バルセロナ五輪の金メダリストがクラッシュして命を落としたのもこのピレネーである。

バカンス気分あふれる涼しげなアルプスとはまた違う。ベテランカメラマンは山岳シーンの写真を、緑色の濃さから植生の違いを突きとめてアルプスかピレネーかを特定するという。ツール・ド・フランスが初めてピレネーを越えた1909年、人食い熊が選手たちに襲いかかるんじゃないかと危惧されたような山奥である。現在でも普段はヒツジの鳴き声や牛の鈴が風に乗って聞こえてくるだけの美しい原野ばかりがひろがる。どちらかというと霊気を感じる。ゲルマニウムなどの健康効果が期待される奇跡の泉があり、地熱で温められた温泉もわく。


チームは4連泊。市街地サーキットの縁石が見える


4連泊のチームだが、レースに帯同する班とホテルに残る班と二手に分かれた。スカイやアスタナのホテルが近くにあったので見にいったら、ゴール後に選手が乗るバスを出していない。ホテルまで乗って帰れってことだ。メカニックはホテルで最終日前日のタイムトライアルバイクの調整中だった。

大会もこの日が終わってあと3日。30年ほど取材していると最近はあっという間に大会終盤になってしまうことに気づく。以前は日本語を話す相手もいなく、とてもさみしくて早く日本に帰りたかったものだ。近年はSNSの普及で日本の自転車好きの人たちと交流できたりするので、単身で全日程を回っていても1人じゃないという頼もしさがある。

ツール・ド・フランスが終わると欧州の短い夏も終わりそうだ。開幕時から顔を合わせる大会スタッフもちょっと名残惜しそう。あともう少し、頑張ればパリに着くかな。と、思って公式プログラムを見直したら、最終日にパリまでの800km陸路移動があるし。(山口和幸)

メールマガジン登録・解除pageTop