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ブログでつづるTour de OVE

恐怖政治の主導者を生んだ町から北の地獄まで

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ランフェルデュノール、北の地獄 © ASO


第9ステージのスタートはアラス。アルトワの旧都だった人口4万2000人の町。ツール・ド・フランス主催者が運営するダカールラリーのかつての出発地であり、音楽フェスが開催されたりと華やかだが、自転車レースとしてはパリ〜ルーベの石畳セクションがこのアラスから始まる。2004年のツール・ド・フランスではチームタイムトライアルのゴールが世界遺産に登録されたグランプラスという石畳の広場に設定された。ランス・アームストロング率いるUSポスタルが16世紀の創建時の面影を残す、荒れた石畳が敷き詰められた広場にスペシャルバイクで跳ねるように突入してきたのが鮮烈だった。

アラスはボクにとっては特別の地だ。高2のときに週に1時間ある選択授業で、英語の文献を読むというコースを選択。そのとき与えられたのが『フランス革命の指導者たち』という文献。1789年7月14日にバスチーユ監獄を襲撃して始まったフランス革命で、恐怖政治を推進したロベスピエールらを紹介した難しい英語だったが、革命の中心的人物であるロベスピエールがこのアラスの出身なのだ。その影響で大学はフランス文学科なんて受験してしまい、勉強好きなもので5年間も在学。気がつけばツール・ド・フランスの取材記者としてもう30年以上もこの仕事に携わっていることになる。


パリ〜ルーベのゴールとして知られる旧ベロドローム


ロベスピエールはこの町の弁護士だったが、野望を胸にパリに進出した。ジロンド派の党員となったが、国会では議場の席の一番高いところに陣取っていたもので「山岳派」なんて呼ばれた。いつしか権力を手に入れ、恐怖政治を主導。ルイ16世やマリー・アントワネットを次々と粛正していったロベスピエールは、同じコンコルド広場で断頭台の露と消えるのだった。

奇しくも革命200年となる1989年7月14日。ボクは自転車雑誌「サイクルスポーツ」の編集者として記念パレードが行われていたパリを経由して、ツール・ド・フランスの現場であるマルセイユを訪れた。なんたる偶然か。奇妙な縁も感じた。

そして2018年のツール・ド・フランス第9ステージ。ゴールはルーベ。ツール・ド・フランスの姉妹レースである「パリ〜ルーベ」のゴール地点として有名だ。ただしこのワンデーレース、スタート地点はパリということなんだけど、イメージ的なもので、実際のスタートはパリからかなり離れたコンピエーニュなどの町となる。


新しい室内新ベロドロームがサルドプレスに


ワンデーレースの「パリ〜ルーベ」のゴールといえばルーベの自転車競技場だ。傾斜角がそれほどない雨ざらしのベロドロームにゴールする。ここに汗とホコリまみれになった選手たちが取り付け道路から飛び込んでくるわけだ。その横には大会のかつての主催者であるベロクラブ・ルーベの建物があり、その横に今回のサルドプレスになった室内新ベロドロームがある。

ツール・ド・フランスは規模が大きいので旧競技場にゴールするのはムリだったようで、新競技場横の道路にゴールが設営されていた。トレック・セガフレードのジョン・デゲンコルプがマイヨジョーヌを着るBMCのグレッグ・バンアベルマートを制して初優勝。バンアベルマートは2位に甘んじたものの首位を守り、栄冠のマイヨジョーヌを堅持したまま1回目の休息日を過ごすことになった。(山口和幸)

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