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シャルトル大聖堂で見たウィギンスとフルームの距離感

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シャルトル大聖堂 © C. Mouton – CRT Centre-Val de Loire


パリの南西約80kmのところにあるノートルダム・ド・シャルトル大聖堂は、1134年と1194年の2度にわたる火災に遭った。正面に向かって右側に焼け残ったロマネスクの尖塔、左側に再建されたゴシックの尖塔がある。このあたりは大平原なのでかなり遠くから大聖堂が見えるのが特徴。この日のコースも残り5km地点から大聖堂まで一直線。選手の到来を歓迎するかのようにそびえ立っていた。

2012年のツール・ド・フランスは後半にピレネーでの激闘を終え、最終日前日にこのシャルトルで個人タイムトライアルが行われた。フランス南西部から高速道路で一気に415km北上し、ボクが予約したシャルトル近郊のカンパニールホテルに到着すると、スカイチームと同宿する幸運を得た。

首位のブラッドリー・ウィギンスと総合2位のアシスト役クリストファー・フルームが所属するスカイにとっては凱旋の前夜だった。総合成績をほぼ確定させる最後のタイムトライアルを終えたシャルトルのサルドプレスで、ウィギンスは勝利者宣言と位置づけられる最後のインタビューを行っていた。


2012年最終日の朝。シャルトルにて © PRESSPORTS


「今夜は優勝チームとごはんを一緒に食べられるぞ」とワクワクしていたが、「今夜のレストランはスカイチームで貸しきりなんだ」とあっさり断られ、ボクは落胆しながら草原のはるか彼方に見える大聖堂の尖塔を目指して歩かなければならなかった。うらめしげにレストランの窓から彼らの様子をうかがうだけだ。

かなり遅めの彼らの夕食は午後9時50分の乾杯で始まった。お誕生日席のようなところにウィギンス。その近くに選手が座って、監督らの首脳陣は遠い席だった。ウィギンスは周囲のチームメートとあまり言葉を交わしていなかったのが不思議だった。フルームとウィギンスの席がずいぶん離れていることも確認した。今年のモビスターのナイロ・キンタナとミケル・ランダのような感じだ。

翌朝はさすがに朝食会場でスカイチームと一緒になったので、フルームにパソコンの中にあったツアー・オブ・ジャパン伊豆ステージのウイニングポーズ写真を見せてあげると、ちょっとうれしそうだった。

その後、ボクの部屋の前でカチューシャの監督がフルームを呼び止めるのだが、「ちょっと話があるので部屋に来ないか」という内緒話がつつ抜けだった。わずか10分でフルームは部屋から出て行ったので、移籍には至らないなと推測できたが、シャンゼリゼに向けて出発する前に、「来年もスカイでがんばるよ!」とさわやかな口調でボクに話してくれた。


残り5kmからシャルトル大聖堂に一直線に向かう


早朝から張り切っていたのはチームのスタッフらだ。サポートカーやチームバスのボディを彩るシンボルカラーのスカイブルーをすべて黄色に張り替えていた。スタッフが着ているTシャツも胸に黄色が入っている。背中には全スタッフの名前。最後に記念写真を撮って散会。まるで日本の修学旅行最終日みたいだった。

ホテルのリネン室に大型段ボールが隠してあったので、上からのぞき込んでみると黄色いピナレロ製のフレームが入っている。メカニックがこっそりと完成車に仕立てて、翌日のシャンゼリゼでウィギンスが乗ったヤツだろう。3箱あったのはどうやらパレードに登場したウィギンスの息子たちのピナレロ製キッズバイクのようだった。

さて2018年の第7ステージは、6年前にスカイチームのレストランから追い出されたボクがシャルトル大聖堂のある中心街を目指してトボトボ歩いていった道にゴール。ロットNLユンボのディラン・フルーネウェーヘン(オランダ)が今大会各2勝のフェルナンド・ガビリア(コロンビア、クイックステップフロアーズ)とペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)を制し、2017年最終日のシャンゼリゼ以来となる大会通算2勝目を挙げた。(山口和幸)

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