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ここは「地の果て」フィニステール

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フランス人はカンペールやブレストのあるフィニステール(Finistère)県を「地の果て」と呼ぶ。フランス語で地の果てはla fin de la terre(ラ・ファンドラテール)だが、Finiは「終わり」っていう意味で、ラテン語にさかのぼればフィニステールはズバリ「地の果て」という地名なのである。

フランス語でバッジのことをブルベ(brevet)というが、いろいろなスポーツで選手の実力レベルを認定し、実力者の証としてバッジを授与することもブルベと言われる。その自転車版が「長距離サイクリングの実力認定制度」、いわゆるブルベ・ランドヌーズだ。200km、300km、400km、600kmなどの設定された「距離」を制限時間内で完走できれば合格というもの。


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フランスを中心に熟成していったブルベ・ランドヌーズは、設定された距離を制限時間内に完走すれば認定書がゲットできる。レースではないので所要時間は発表されず、アルファベット順に完走者の名前が掲載されるのが特徴だ。時間制限は平均時速に換算しておよそ時速14kmから15kmほど。食事や仮眠、パンク修理やミスコースなどのトラブル処理を含めた平均時速だから、実際の走行スピードはもっと速い。

世界で一番有名なブルベは、フランスのパリ〜ブレスト〜パリだ。ブレストはパリから600kmの位置にある。これを往復するから距離は1200km。1891年に始まり、10年に1度開催されていた。そしてこのパリ〜ブレスト〜パリの存在こそが、ツール・ド・フランス誕生のきっかけだったのである。


カンペールの昔ながらのたたずまい © LAMOUREUX Alexandre


パリ〜ブレスト〜パリの主催はフランスのスポーツ新聞「ル・ベロ」だ。ライバル紙だった「ロト」は発行部数で「ル・ベロ」に水を開けられていて、起死回生の企画が必要だった。もう少し立ち入った話をすると、「ロト」は1902年まで「ロト・ベロ」という新聞名だった。「l’Auto=ロト」はオートモービル、「vélo」は自転車で、つまり自動車や自転車のレースを中心に報道するスポーツ紙だった。ところが「ベロ」の名称使用をめぐって「ル・ベロ」に法廷闘争で敗れ、改名を余儀なくされたのだ。

当時の「ロト」はパリ〜マドリッド間自動車レースで大失敗していた。エンジンがついた乗り物で長距離レースをしても、もはや人々の関心をあまり引きつけなかった。「パリ〜ブレストよりももっと壮大なスケールの挑戦を企画して成功させたい。そうだ。自転車で広大なフランスを一周してみよう」と考えて実施したのがツール・ド・フランスである。

「ロト」は紆余曲折の後に「l’Equipe=レキップ」と紙名を変更していまも存続する。その発行元は現在、ツール・ド・フランスやパリ〜ダカールなどを主催するメディアグループ「ASO社」となっている。

最後に、食いしん坊さんにとって「パリ〜ブレスト」と言えば、洋菓子が頭に浮かぶはずだが、これは車輪の形状をしたお菓子だったので、自転車レースの「パリ〜ブレスト」にちなんでつけられたのです。(山口和幸)

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