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フランス版「風雲たけし城」の聖地巡礼はここ!

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大西洋岸を進むツール・ド・フランス © ASO


自転車専門誌「サイクルスポーツ」の編集部員として社会人を始めたボクが、ツール・ド・フランスに初めて派遣されたのはフランス革命200周年の1989年だった。最終日のシャンゼリゼで米国のグレッグ・レモンが史上最僅差の8秒という接戦で大逆転をした。目の前でそんなツール・ド・フランス史上最高のドラマが展開したのだから、それはもうボクの人生を左右するにあまりあるもの。以来、四半世紀以上はツール・ド・フランスの現場に居続けることになり、気がつけばボクよりもキャリアがある取材陣は数えるほどになった。

そんなボクと同等のキャリアを持っているのがフランスのとある人気テレビ番組だ。1990年7月7日に当時のアンテヌ2、現在は局名が変わってフランス2で放送されている「Fort Boyard=フォール・ボワヤール」だ。第2ステージのゴール、ラロシュシュルヨンからすぐ。海の中にあるフォール・ボワヤールという要塞を舞台として、ムキムキの若い男女がチームを組んで黄金財宝をかき集めるというバラエティ番組だ。


この日のホテルはビーチまですぐ!


縦31m、横68m、高さ20mという石造りの軍艦のような要塞。かつては英国艦艇をにらむ軍事拠点だったが、その後は犯罪者をニューカレドニアに流刑するまでの収監地として使われ、20世紀になると民間業者の手に渡り歩き、現在はテレビ局が所有。そこで人気番組が収録されるというわけだ。

日本で言うならTBS緑山スタジオの敷地内で行われた「風雲たけし城」に似ているが、とんでもなくおぞましく、おおよそ日本では放送に適さないシーンも連発する。どう猛なトラが解き放たれるまで、金貨をかき集めて賞金稼ぎするというフィナーレもえげつない。たまにフランスの有名人もゲスト参加して、ツール・ド・フランスで活躍したローラン・ジャラベールとリシャール・ビランクも登場した。韓国や中国ではごく短い時間だが放送されていた時期があるが、日本では未放送。


今日のお昼ごはんです


ツール・ド・フランスに帯同する各国テレビ局は相当の人数になる。とりわけ国際映像を制作するフランステレビジョンは現場スタッフだけで200人を超える。ゴール地点には彼らのために仮設食堂が設置され、専属コック数人が青空の下で料理の腕を振るう。赤ワインが木箱のままで運び込まれる。素材の調達係がいて、皿洗いのスタッフがいる。レースでだれが逃げていようとそんな担当者には関係ない。彼らにとってツール・ド・フランスは単なる仕事現場だからである。

ナポレオンが作ったこの日のゴールのラロッシュシュルヨンはその昔、ナポレオンシュルヨンっていう町の名前だったらしい。80年ぶりにツール・ド・フランスを迎えるというこの日、大会新記録となる18回目の出場となるディレクトエネルジーのシルバン・シャバネル(フランス)が134.5kmを独走。所属チームの地元であり、自らを見出してくれたジャンルネ・ベルノードー監督の62回目の誕生日だったからだ。この日最も活躍した選手に贈られる敢闘賞を獲得。ツール・ド・フランスの集団の中で最もキャリアのあるきょうのヒーローは、引退こそ公言していないが、「ツール・ド・フランスとしては最後のレース」と語っている。(山口和幸)

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