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イベントのご報告


人口2300人のうち約2割が移住者だという、島根半島沖60kmの隠岐諸島に浮かぶ島、海士町。『ないものはない』というスローガンを掲げて、地域の繋がりや伝統・文化を大切にしながら、幸せに暮らしていくために必要なものはすべてあるんだと、島の人々は胸を張って暮らしているという。島の田園風景を継承するために大切に育てられた「本氣米」の新米おにぎりや、海士町の恵みをたっぷり香ばしく焼き上げられた「あまのーら」などを美味しくいただきながら、海士町役場の名越さんからお話を伺いました。


東京に比べると、人やモノは圧倒的に不足している島(コンビニもない!)は、対馬暖流の影響を受けた豊かな海と、名水百選に選ばれた豊富な湧水に恵まれ、自給自足のできる半農半漁の島として、今も豊かな暮らしを継承している。戦後、約7,000人いた人口は、日本社会の縮図であるかのように60年間で3分の1になってしまったけど、この島の現状は、多くの若者(移住者)が社会課題を解決したい!と目的を持って挑戦できる島として魅力がある島だと言います。


平成大合併の嵐がが吹く中で、 「自分たちの島は自ら守り、島の未来は自ら築く」と単独町制を決断した住民の覚悟が、生き残りをかけた「攻め」の戦略として”島まるごとブランド化”へ向けた「自立への挑戦」となり、15年経った現在は「生きること・暮らすこと」を楽しんでいるようにも感じました。


今年4月に海士町へ移住した株式会社巡の環でご活躍の佐藤さんのお話では、生まれ故郷の宮城県南三陸町から「たのしいがほしい!」と、東京で暮らした2年間は「自己成長のチャンスはたくさんあるけど、生活のほとんどが仕事中心となっていた」と言われます。現在、海士町での暮らしは、ないものねだりよりあるもの探し。現実に足元を広げていく「いたい場所」に「ありたい生き方」を自ら選択し、仕事と地域・家族と社会と人が1つの暮らしの中にあることを実感すると言います。


そして、なぜ海士町だったのか?お聞きすると、「人」の魅力に引き寄せられたそうです。同じ地域で暮らす人からの学びの深さ、おもしろそう!と思う人とつながるチャンス。この人好き、たのしいと思う人といることが原動力となり、今は島の暮らしで学んだことを、故郷(宮城県南三陸町)に恩返しがしたい言われます。



様々な暮らし方を選択する自由は誰にでもあると思いますが、海士町での生き方・暮らし方は、ありのままの自然とともに生きる、自分自身への「自立・挑戦」なのかも知れません。


後半は、(株)巡の環の信岡さんの進行で、参加者の皆さんと一緒に、「個人」「仲間」「チーム」「社会・自身のフィールド」の4つの領域で考える「大切にしたいもの・なかなかできないもの」について個人ワークを行い、小グループで対話の時間を楽しみました。



<登壇者プロフィール>
【名越 将博(なごしまさひろ)さん】
隠岐の島町出身。進学のため本土に出るが、小学校職員としてUターン。その後海士町に移住し海士町役場職員として、教育委員会に6年配属され、その後地産地商課で農業担当となる。現在は、海士産ぶどう推進に携わりながら、海士の本氣米プロジェクト担当として、農家さんとの関係性づくりからプロモーション、販路拡大までを担い日々奮闘している。野球好き。3人のお子さんのよきパパとしての一面を持つ。


【佐藤秋佳(さとうしゅうか)さん】
宮城県南三陸町出身。大学進学のために上京し、卒業後は東京のIT企業にて広報担当部署などで働き、2017年4月より巡の環に入社。大学在学中の巡の環でのインターン時に感じた海士町のエネルギーや島民の人となりに惚れ込み、めでたくカムバックを果たす。海士の海産物や加工品などを扱う通販サイト『海士Webデパート』の運営などを通して、島内と島外、生産者と消費者を繋ぐかけはしになるべく奮闘中。その他総務経理、お昼のまかない当番も担当している。今の生活で特に面白いと思うことは、田舎ではひとりの人が、生産者・消費者・お父さん・お祭りの謡い手など、いろんな立場になれるということ。あるもの・いる人でなんとか愉快にやっていく「田舎センス」を大切に、人口2300人の島で、都会生活より遥かに多くの人と関わりながら暮らしている。


【信岡良亮(のぶおかりょうすけ)さん】
1982年生まれ。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に企業(現在は非常勤取締役)。6年半の島生活を経て、地域活性というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全ての繋がりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年5月より東京に活動拠点を移し、都市と農村の新しい関係を創るために2015年、株式会社アスノオト創業。

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